新撰組断章

北辺の星辰 19

九月十二日、歳三は、榎本らに伴われて青葉山城に登城し、藩執政の大條孫三郎や遠藤文七郎、藩主・伊達慶邦らに面会した。 歳三としては、奥州同盟の行末を見定める絶好の機会と思っていたのだが――仙台藩は、どうやら恭順の方向で藩論がまとまりつつあるよう…

小噺・銀魂!

「……土方さん、何読んでやがるんで……ってェ、あァ、例のアレですかい」 「ん? あァ、昨日、新刊が出てたからなァ、やっと終わったぜ、真選組動乱編」 「伊東参謀が出てたんでしたっけ。ってェ、あァ、俺らの知ってる伊東さんとァ、かなりいろいろ違ったおひ…

めぐり逢いて 26

湯を使い、髭をあたり、髪を整え、新しい衣――主の子息のものだと聞いた――に袖を通す。久方ぶりに、こざっぱりとした装いになった。 食事を摂って、ようやく人心地ついたところで、鉄之助は主に呼ばれた。 茶の間の隣りの仏間に通されると、主と、その妻女が…

北辺の星辰 18

九月朔日、歳三は仙台に到着、その足で、東名浜に碇泊している開陽に、榎本釜次郎を訪ねた。 船室に通された歳三の前に、ややあって、榎本たちが姿を現した。 「やぁやぁ、お久しぶりです、土方さん」 云われて立ち上がった歳三は、榎本の傍に、見知らぬ男が…

小噺・箱館新政府

「……土方さん」 「何でェ」 「あんた、箱館じゃあ、結構大変だったんですってねェ(しみじみ)」 「……どうした総司、何か悪いものでも喰ったか?(真顔)」 「……何でそうなるんですよ」 「いや、おめェがそんなこと云うなァ、具合が悪ィか、何か企んでるときかく…

めぐり逢いて 25

港々で足止めされて、横濱に着いたのは、六月に入ってからのことだった。 「私が助けてやれるのは、ここまでだ」 船を下りる時、見送ってくれた松木が云った。 「この先は、君が独りで往かねばならない。――官軍の幕軍残党狩りは、まだ続いていると聞く。気を…

北辺の星辰 17

歳三は、翌二十二日、若松城北の滝沢本陣まで馬を駆った。 こちらも、母成峠の敗走のあおりで混乱を極めており、庄内行の話を誰に持ってゆけばよいかもわからぬような有様だった。 ともかくも、誰か話のできるものをと思っても、大鳥も行方不明、会津の諸将…

袖擦りあうも

土方歳三が、馴染みの蕎麦屋の戸を開けると、 「――おいでやす」 と云って頭を下げた小女が、困惑気味に奥を見た。 「取りこみ中か」 奥からは、男たちの諍うような声が聞こえてくる。 「へぇ、それが」 言葉を濁す女を押しのけるように、店の主が駆け寄って…

めぐり逢いて 24

箱館を出ても、横濱は中々遠かった。 四月十五日に出航ののち、船はまず、青森に到着した。 このアルビオン号と云う船は、そもそも薩長軍に雇われて、箱館に駐留する外国人を安全な場所に移送するのが目的だったのだが、もちろん査察が入らないわけではなく…

小噺・安眠妨害

「うおぉ、寒ィ寒ィ! おい総司、ちっと詰めやがれ(布団を持ち上げ、滑りこむ)」 「うおわ!? 冷てェ、冷てェですよ足ィ!」 「俺だって冷てェんだ、我慢しろ(もそもそ)」 「あんたが入ってこなきゃあ、俺ァ冷たくならなかったんですがね?」 「おめェだって…

北辺の星辰 16

母成峠からの敗走は散々だった。 整然と速やかに、などは、望むべくもなかった。三々五々、取るものもとりあえず逃げ出すのがやっとのことで、砲弾を避けながらの敗走に、山中を彷徨うものも多かったと云う話を、後になって聞いた。 歳三は、何とか本道を見…

めぐり逢いて 23

鉄之助が連れて行かれたのは、一本木関門の向こう、外国人居留地の波止場に係留された、英国船だった。 「君の部屋はここだ――途中寄港する土地では、官軍の査察が入るかも知れん。君は、この部屋から出ないようにな」 松木と云う名の通詞は云って、かれを隅…

小噺・輪廻転生

「そう云や、土方さん」 「何でェ」 「あんた前に、自分は織田の殿様の生まれ変わりだとか云ってましたよねェ」 「あァ、そう云やァ云ったっけなァ」 「あん時も訊きましたけど、何で伊達の殿様じゃあいけねェんですよ? 伊達の殿様の方が、鎧兜がかっこいい…

北辺の星辰 15

八月二十日、二本松城奪回に向かった幕軍が敗退したとの報があり、進攻してくる薩長軍を食い止めるため、新撰組などの守備隊が、母成峠に集結した。 歳三は、福良から母成峠の第三台場――会津と旧幕同盟軍の本部の置かれた――に移ってきていた。 ここには、会…

めぐり逢いて 22

戦いの風は、速やかに蝦夷地に吹き寄せてきた。 四月六日、英国の商船が寄港し、青森に敵艦隊の集結しつつあること、箱館在住の異国人は、二十四時間以内に家財を取りまとめ、青森へ避難するように、との通告をしてきた。 ――いよいよ決戦のときか。 鉄之助た…

小噺・甘党談義

「土方さん」 「……」 「何だってェ、そんな渋い顔してやがるんで?」 「……味が」 「は?」 「思ってたのと違ってた」 「何の話ですよ、ってェ、それァかるめ焼ですねェ」 「あァ、こないだ高幡のお不動に行ったときに、菓子屋で買ってきたんだが――」 「そう…

北辺の星辰 14

歳三が戦線に復帰したのは、七月六日、福良村でのことだった。 とは云え、ここでの歳三は、あくまでも幕軍本隊の参謀的な立場に留まり、新撰組の統括は、相変わらず斉藤一が行っていた。 「今の新撰組の隊長は俺だ」 斉藤は、いつになく強い口調でそう云った…

めぐり逢いて 21

玉置良蔵が死んだのは、鉄之助が療養所を訪れた後、ほんの一刻もしないうちであったと云う。看護のものが声をかけようとして、息のないのに気づいたのだと。 悶絶したと云うでも、大喀血をしたと云うでもない、ごく静かな死顔だった。 ――敵方の甲鉄艦を奪取…

小噺・だんだら羽織

「……総司」 「はい?」 「何でェ、そりゃあ」 「懐かしいでしょう、昔の隊服でさァ」 「それァわかってる。そんなもん、どっから出てきたんだってェ訊いてるんじゃねェか」 「や、こないだ店屋でみつけたんで。“新撰組だんだら羽織”って、ちゃんと書いてあり…

北辺の星辰 13

使者は、はじめに清水屋を訪ねていったのだと語った。 「新撰組の山口隊長殿にお聞きしたところ、土方殿は清水屋に逗留しておいでと伺いましたので――」 それで、こんなにも知らせが遅れてしまったのだと、使者は汗を拭いながら云い訳した。 山口、とは、斉藤…

めぐり逢いて 20

ふたつきの間は、平穏無事に過ぎていった。 箱館市中がいつも“平穏”であったわけでは、もちろんない。榎本総督の命によって発行された新貨が贋金として敬遠され、その使用を巡って商人たちとの間で揉めごとが起きたり、その使用を拒んだものを入牢させたりで…

小噺・中島三郎助の儀

「土方さん」 「何でェ」 「こないだ俺ァ、中島さんとやらにお会いしましたぜ」 「――どの中島さんだ」 「割と細身の、いい年のおっさんで、男くせェ気性のおひとでさァ」 「……(おっさんってェ……)それァもしや、中島三郎助さんじゃあねェのか」 「あァ、そん…

北辺の星辰 12

閏四月になってすぐに、斉藤一が清水屋へ顔を出してきた。 「お久しぶりです」 斉藤は端座して、うっそりと頭を下げてきた。 「怪我をされたとお聞きしたが、お加減はいかがですか」 「おぅ、良順先生に診て戴いたんでな、そう悪かァねェぜ」 もっとも、再び…

めぐり逢いて 19

明治二年の年があけた。 鉄之助は、副長付の小姓として、日々を忙しく過ごしていた。 かつては、小姓仲間も大勢いたのだが、会津よりこの方、大半は新撰組から離脱し、またあるものは通常の隊士として隊務にあてるようになり、人数は激減していた。 それでも…

小噺・忙中閑有

「……土方さん」 「何でェ」 「あんた、忙しいとか云ってたわりにゃあ、随分暇そうにしてるじゃねェですかい」 「いいや、暇じゃねぇぞ。実は、会津候に出さなきゃならねェ書類が、山のように溜まってる」 「……で、何でそうやってごろごろしてるんで?」 「――…

北辺の星辰 11

望月光蔵と云う男は、四〇も半ばほどの、中肉中背の男だった。きちんと整えられた髷と月代、黒紋付と仙台平の袴を身につけた、いかにも幕臣、しかも文官に相応しい身なりである。 そして、文官に相応しく、荒事には向かぬ性を思わせる、穏やかな面差しをして…

めぐり逢いて 18

鉄之助たちが箱館・五稜郭に帰還したのは、松前を出立して三日の後、十二月十五日のことだった。 折りしも、この日は、幕軍の蝦夷全島平定を祝う祝賀の宴が催されており、副長の凱旋は、それに花を添えるものだったのだ。 また、この日には、こののち蝦夷を…

小噺・山崎烝の儀

「そうそう、土方さん」 「……何でェ」 「この間、山崎さんに会いましたぜ。源さんとこでですけど」 「……源さんとこァ、溜まり場んなってるのかよ。で、山崎は相変わらずだったか」 「相変わらずでさァ。源さんと碁打ちしてましたぜ」 「好きだよなァ、あのふ…

北辺の星辰 10

四月二十九日、会津若松に入った歳三たち一行は、城下の清水屋という宿に投宿することになった。 と云うのは、この宿には、幕府御典医であり、かねてより新撰組とも懇意である松本良順が、江戸を抜けて投宿しているということであったからだ。 宿に落ち着い…

めぐり逢いて 17

松前攻略軍は、城下で暫休陣していたが、兵の疲れがややとれたと見たところ――十一月十日になって、衝鋒隊、額兵隊を先鋒として松前城を出立し、江差を目指して行軍を開始した。 同じころ、五稜郭からも一聯隊が、松岡四郎次郎を隊長として江差を目指していた…