小噺・箱館新政府

「……土方さん」
「何でェ」
「あんた、箱館じゃあ、結構大変だったんですってねェ(しみじみ)」
「……どうした総司、何か悪いものでも喰ったか?(真顔)」
「……何でそうなるんですよ」
「いや、おめェがそんなこと云うなァ、具合が悪ィか、何か企んでるときかくらいだからな」
「俺も、ちゃんとあんたの心配とかしてたでしょうに!」
「……そう云やァそうかも知れねェが、おめェに心配されると、どうにも尻がむず痒くなるんだよなァ」
「失礼なことを云いますねェ、あんた」
「本当の話だから、仕方ねェだろ。――それァともかく、何だってェ、いきなりそんなことを云い出しやがるんだ?」
「や、こないだ、大鳥さんとか中島三郎助さんとか、あと赤やら黒やらの制服の連中やらが来てたんで、話を聞いてたんですけども」
「あァ……」
「陸軍奉行並の松平太郎さんとやらが、あんたにひでェこと抜かしやがってたって、皆が云ってたんで」
「奉行並ってェ、そりゃ、江戸での話だろう。箱館じゃあ、あん人ァ、副総裁だぜ? ――それァともかく、ひでェことってなァ何だよ?」
「や、あんたの生まれがどうこうってェ、関係ねェ会議の席で論ったとか何とか……」
「あァ、そんなこたァ、永井さんだってよく云ってたろうになァ」
「でも、会議で揉めた時に、八つ当たりみてェに云いやがったってェ、中島さんが胸糞悪そうに云ってましたぜ? 大鳥さんも、あんまいい顔はしてませんでしたしねェ」
「まァ、あん人ァ、“松平”だからなァ。公方様に連なる血筋だ、俺みてェな農民上がりにゃ、我慢ならねェところがあったんだろうさ」
「まァ、その辺ァどうか知りませんがね。でも、その人ァ本当に、よくは云われてませんでしたぜ。“こすっからい”だの“狡賢い”だの――せいぜいが、黒い制服の幾人かが、“あん人ァ誤解され易いだけなんだ”ってェ云ってたくらいでさァ」
「俺にゃあ何とも云い辛ェところだなァ。何しろ、あん人が苦手だったんで、用がない限りァ近づかねェようにしてたからなァ――まァ、それァ、釜さんにもそうだったんだが」
「……あんたァ、相変わらずまわりァ敵だらけなんですかよ」
「何云ってやがる、敵にしちまわねェように、つかず離れずなんだろうが」
「……そうきましたかい」
「そりゃあそうだろ。ともかくも、一蓮托生になっちまってるんだ、揉めずにやってけりゃあ、それに越したこたァねェんだよ。だから、“嫌い”じゃあなく“苦手”ってェことにしとくんじゃあねェか」
「……あんた、それ、本当は嫌いだったってェことじゃねェですかい」
「だから、“苦手”だったんだってェの」
「……(溜息)……まァ、あんたが自分をどう誤魔化そうが構やしませんけどね。――しっかし、榎本さんってェひとも、人望ねェですねェ。碌なこと云われてませんでしたぜ」
「あ? 誰が何て云ってたよ?」
「まずは中島さんが“腰抜け”って云ってて、大鳥さんは“机上の空論しかない”って云ってましたぜ」
「大鳥さんに云われるってなァ、相当なもんだなァ(苦/笑)」
「他にも、浮っついてるだの何だの、好意的な話ァ聞きませんでしたねェ」
「そりゃあ凄ェなァ(笑)」
「あと、箱館奉行だった永井さんは事なかれだとか――って、このひとってな、近藤先生が長州まで護衛していった、大目付のあのひとで?」
「あァ。まァ、だから俺のことァ、“野良犬風情が”ってェ思ってたんだろうさ。まァ、永井さんから見りゃあ、俺なんざァそんなもんだったんだろうがな」
「俺ァ、あんまりあの人ァ好きませんでしたがねェ、お高くって」
「まァ、俺も“苦手”だったなァ(笑)」
「(笑)――しかしまァ、そんな烏合の衆みてェな軍隊で、よくまァ薩長の輩と戦えたもんですねェ」
「だから、早々に負けちまったんだろ」
「……確かに」
「まァ、俺ァ勝さんの命で動いてたわけだしな。その勝さんとひと悶着あっておん出てきた釜さんとじゃあ、ハナから目的が違って当然だァな」
「それで、あんたが死んだのァ、釜さんの差し金だってェ噂があったりしたんですかい」
「ほォ、そんな噂がなァ」
「らしいですぜ。釜さんたちァ、本当に箱館の人間からも嫌われてたみてェですからねェ、そんな噂にもなったんでしょうけども」
「まァ、それァねェとァ思うがな――ま、だからって、釜さんたちに背中任せるなんざ、怖くてできねェくらいにゃあ、俺も信用はしてなかったがな(笑)」
「俺ァ、箱館まで行かなくて良かったのかも知れませんねェ。とてもじゃあねェですけど、そんな連中と一緒にやっていけやしませんや」
「中島さんと、まァ大鳥さんは良かった方なんだがなァ。――負けるべくして負けたんだ、仕方がねェさ」
「人生の最後に、そう云う諦め方ってのァどうなんですよ」
「諦めてるんじゃねェよ。俺ァ、勝さんの命が果たせりゃあ、それで良かったんだ、それ以外は瑣末なことさ」
「……また“勝さん”ですかい」
「何だ、そのもの云いは。勝さんってェのァ、本当に大した御仁なんだぜ」
「はいはい、わかってますって。……まったく、耳にたこができまさァ」
「おめェ、最後まであん人の世話になったじゃねェか。そのことも忘れて、そのもの云いってなァ……」
「はいはい。――こっからが長ェんだよなァ、こうなると。さっさと源さんとこに退散しようっと。……土方さん、じゃッ!(脱兎)」
「あッ、待ちやがれ! ……あの野郎、人の話を最後まで聞かねェで……!」


† † † † †


阿呆話at地獄の八丁目。
今回は箱館新政府の話。や、銀/魂語りが間に合わないんで。


作中の釜さんタロさんのあれこれは、陸軍組の談話なので、海軍組はまた違う意見だとは思うんですけども。
……えーと、何かいろいろ聞いてると、箱館新政府の構図が見えてきましたぜ。
大鳥さんを中心にして、鬼と中島三郎助さんが右だとすると、左の端がタロさん、その隣りに釜さん、ちょっと鳥さん寄りで永井尚志さん、って云うカンジみたいです。
額兵隊は(星さん筆頭に)タロさんと折り合いが悪く、伝習士官隊(多分)はそうでもない。海軍は釜さん寄り(当然だ)、箱館奉行配下は(奉行の永井さん以外は)釜さん+タロさんが嫌い、と。
まァあれだね、海軍より陸軍の方が年齢が高い(永井さん、中島さんはアレとして、鳥さん37、鬼が35、釜さん33、荒井さん34、タロさん31、甲賀さん30、だもんなァ)し、その辺で、陸軍組は、海軍畑ほどフィーリングでは突っ走れなかったのかもなァ。
つーか、↑の人間関係考えてみると、ものの見事に“烏合の衆”だァね。そりゃあ、勝てるわきゃあねェって云う(苦笑)。


つーかぶっちゃけ、タロさん、鬼のこと嫌いだったでしょう。
考えてみたら、タロさんって勝さんの部下(タロさんが幕府陸軍奉行並の時、陸軍総裁は勝さん)だったわけだし、鬼も勝さんも成り上がりで、なおかつどっちも妙な人望はあったし。
鬼が勝さんの“御申し含め”で動いてるのは皆知ってたはずなので、その辺も鬱陶しかったのかもね(だって、釜さん2回目の脱走は、本当に勝さんの反対振り切って出てきてるわけだし)。まァ、それは釜さんも一緒だったんだろうけども。
とりあえず、鬼が仲が良かったのは、中島さん、と、辛うじて鳥さん、なのかもね。
やっぱ、箱館新政府も、鳥さんがかすがいかァ……(←以前に書いた、“明治維新をひっくり返せ! 脳外シュミレーション”でも、分裂しがちな新政府の人間関係を、鳥さんが取り持ってたと云う……) ある意味スゲェや、鳥さん。これこそ人徳だな!


でもって。
Wiki見たら、永井さんって、三河奥殿藩の藩主の息子なんじゃん! それにしちゃ、出世が遅……いやいや!
しかし、祐筆→陸軍奉行並のタロさんと云い、微妙な官位のひとが多いなァ、ここ。家柄は良いけど、本人自信満々だけど、出世できなくて“正当に評価されてない”って思ってるみたいな――って、鬼が一番敵に回しやすいタイプじゃん!(爆)
その辺のコンプレックスとか何とかが、微妙に炸裂しちゃったのが、箱館新政府だったのかな? (必要のなかった開陽の江差出撃とか、中止されなかった甲鉄艦接舷攻撃とか) だとしたら、ハナっから巧い具合にことが進む、わきゃあねェよなァ……その上、鬼に下手に人望があるもんだから、切るに切れないって云うジレンマが、ねェ。
まァ、鬼を撃った弾の出所が、味方の銃だったって、ちっともおかしくァねェよなァ、これじゃあ……ふふふふふ。


そして、ふと気がつけば、勝さんフリークが小学生のときからだった自分。それはどうだ。
中学に入ってすぐに、子母澤寛の小説とか読んでたよなァ。冷静に考えるとおかしい。
しかし、これだけ年季が入ってる(かれこれ×十年ですから!)と、もう、痘痕もえくぼって云うか(違う)、どんなぐだぐだな勝さんでもOKになってきますね! 愛ですよ、愛!(笑)


さて、次は鬼の話。
いよいよ仙台か……噂の釜さんとの遭遇、になるか……