北辺の星辰 12

 閏四月になってすぐに、斉藤一が清水屋へ顔を出してきた。
「お久しぶりです」
 斉藤は端座して、うっそりと頭を下げてきた。
「怪我をされたとお聞きしたが、お加減はいかがですか」
「おぅ、良順先生に診て戴いたんでな、そう悪かァねェぜ」
 もっとも、再び戦場に立つまでには、かなりの時間がかかるだろうと、松本医師から告げられてはいたのだが。
「それは重畳」
 斉藤はまた、例の感情の読めない表情で云ってきた。
「安富さんも伺いたがっていたのですが、隊を放ってもおけませんので、俺ひとりで参りました。――実は、近々出陣することになりそうなのですよ」
「……いよいよ、薩長の連中が来やがるか」
 日光を越えて、この会津までも。
「ええ。内々に、心づもりをしておくよう、お申し含めがありました。――本来ならば、副長に指揮を執っていただくのが筋なのですが……」
「構うな。俺ァこんな風だ、指揮どころか、戦地に赴くことすら難しいんだぜ」
 歳三は苦笑して、負傷した足をかるく叩いた。
「それより、会津はどうなんだ、薩長に下ろうってェ気配はねェのか、そんなことを云い出してる連中は」
 問うと、斉藤は小さく肩をすくめた。
「もちろん、抗戦論ばかりですよ。ただ……会津候と、若殿の間で意見が割れているようで――そのあたりが、気がかりと云えば気がかりですかね」
「そうか……」
 会津候・松平容保は、京にあったころからの恩義のある人物だが――それを聞いたところで、歳三に何ができるわけでもない。今や幕臣となった身であるし、所詮は武辺のもので、他藩の内政に首を突っこめようはずもない。
「……まァ、俺たちみてェな連中は、戦うしか能がねェからなァ」
 それだけ云うと、斉藤も、諦念を含んだまなざしで頷いた。
「俺も、最後まで戦い抜くことだけを考えています」
「あァ。なるべく早く復帰できるようにするさ。――あァそうだ、島田、中島、漢」
 声をかけると、三人は、部屋の端で頭を下げた。
「おめェらは、斉藤や安富の方を手伝ってやれ」
「副長、それは!」
 途端に、島田が声を上げた。
「我々は、副長をお守りするために、本隊と別れてここまできましたものを!」
 中島や漢も、この言葉に強く頷いている。
 だが、歳三は首を振った。
「ここァ、今までの場所たァ違う。俺のことァ心配ねェさ。――それよりも、いよいよ戦いになるってェんなら、人手はいくらあったって多すぎるこたァねェ。それに、こいつらァ、江戸からずっと、隊士の取りまとめに腐心していただろう。それを助けてやるのが、おめェらの仕事なんじゃねェのか」
 今の新撰組の隊長は、斉藤一なのだ。“新撰組”を名乗るからには、島田たちとて、その指揮下に入るのは当然のことだろう。
 歳三が云うと、島田たちは唇を噛みしめ、じっと俯いていたが――やがて顔を上げ、つよいまなざしで見つめ返してきた。
「――わかりました。副長のおっしゃるとおりです。ですが……一日も早く復帰なさって下さい。約束ですよ」
「……あァ」
 指揮など、誰が執っても変わるまいに。
 だが、島田たちの真摯なまなざしがうれしくて、歳三は、面映い思いで、頷きを返した。
 島田たちは、隊に戻る斉藤とともに、清水屋を発っていった。
 これで、新撰組本隊の方は安心だ。
 それよりも――問題は、いつの間にやら同道していた伝習第一大隊の方だった。
 とは云っても、大隊ひとつが丸ごと来たわけではなく、秋月登之助の下で副長を務めていた内田量太郎が、軽微の傷病兵を取りまとめ、ほぼ大隊の半分を率いてやって来たのだ。
「大鳥のような腑抜けの下では戦えません。土方先生、何とぞ我らを旗下にお加え下さい」
 内田は、切々とそう訴えてきたが――正直、歳三の一存でどうこうして良い問題なのかどうかは、微妙なところだった。
「俺は、今はこのとおりで戦えん――暫くは、会津候にお預かり戴いて、ともに戦われては如何か」
「――結構でございます」
 内田の答えに、歳三はとりあえず胸を撫で下ろした。
 このまま歳三が、旗下に内田たちを迎え入れれば、いろいろと角が立つだろうことは目に見えていたからだ。だが、会津候御預かりとなれば、大鳥が不在の故の仮の処遇であると云うことができる。これこそが、無駄な波風を立てぬ、もっとも穏便な措置であると、歳三には思えたのだ。
 とは云え、いずれ大鳥たち本隊も会津に到着するだろう。そうなったときには、またこの問題が持ち上がってくることになるのだろうが――今は、どうすることもできなかった。
 ともかくも、会津の公用方へ畠山芳次郎をやって、伝習隊の処遇について取り決めをかわす。公用方の人間は快く頷いてくれたと、戻ってきた畠山は報告してきた。
 これで、伝習隊の方もかたがついたわけだ。
 あとは、歳三が傷を治すばかりである。
 新撰組が白河方面へ出陣した頃、歳三は清水屋を出て、一里ほど南東にある東山温泉に移った。傷の療養にそこの湯が良いと、助言してくれるものがあったからだ。
 歳三と同道したのは、畠山芳次郎、沢忠輔、松沢乙造、それに小姓の市村鉄之助と玉置良蔵の五人のみ。畠山は会津方との折衝のために、沢と松沢は、これまでどおり歳三の守衛に、身のまわりのことは市村と玉置に、それぞれ任せることにした。
 市村よりひとつ下の玉置は、歳三のもとに残れることに、心底ほっとした風だった。
 さもあろう、玉置は、ひどく斉藤を畏怖していた――斉藤のまとう殺伐とした空気が、この少年には恐ろしく思えたものらしい――のだが、本隊とともに行動することになれば、かれも斉藤付の小姓として従軍することになる。それは、このどこかか弱い風情の少年には、厳しいことのように、歳三にも思われた。
「副長、何かご要りようのものはございませんか」
 玉置は、市村とふたりして、甲斐々々しく歳三の世話を焼き、かれに苦笑をこぼさせた。



 東山温泉に移ってすぐは、何ごともなく日は過ぎた。
 だが、数日のうち、歳三を訪ねてきたのは、凶報の使者だった。
 流山で別れた近藤が、板橋の刑場で刑死したと云う――武士としての切腹死ではなく、罪人としての斬首、その上、首級は逆賊として梟首に処されたと云う。
 過ぎし四月二十五日のことだった。


† † † † †


鬼の北海行、続き。もう12か! 今回は会津あれこれ。
そういや、油小路の一件からこっち、一ちゃんは“山口二郎”のはずだよね……混乱するから、“斉藤一”のままでいきますが。
しかし、第一稿をUPした後で、このあたりの情報ががつがつと……ううぅ、途中で書き直すなんて〜(泣)。
かなり入れ替わったり、書き足したりしてますので、お気をつけあれ〜。


ところで、秋月登之助の墓が、会津にあるそうですね。何か、噂によると、秋月さん、復帰するつもり満々だったらしいのですが、結局は復帰できないままだったとか。お墓にいったら、いつごろ亡くなったかわかるだろうけど、もしかして、あのままぱったり逝っちゃったのか? どうなんだろう。
この辺、あんまり情報がなくて困りますね。
あと、例の伝習第一大隊の件は、結局こんなカンジで。だから、鳥さん上司じゃんって云う。
つーか、幕軍の連中は何かこう――何でそう、鬼のもとに集まるかな。
何か見てたら、陸軍隊からも結構な人数が新撰組に入ってたりするし、伝習隊はこの有様だし。
まぁ、鳥さんいいひとだけど、軍の指揮官としては頼りない、つーか実戦弱いからなー。文官だった方が向いてたんじゃないのか、鳥さん……あァ、でもそっちもアレか! (←脳外シュミレーション内。文官にしたんだけどねェ……)
でも、いいひとなので、人間関係の潤滑油にはもってこいです。そういう意味ではなくてはならない人だ――ミス多くてもな(笑)。


この間から、講談社の『週刊ビジュアル日本の合戦』を買ってたのですが、今さらながらに、前の方の巻に会津戦争があることに気がついて、慌てて発注を。勝さんの頼んだ時に、一緒に頼んどきゃあ良かった……講談社、搬入遅いんだもん。日付も曖昧だし。
しかし、これ、買ってもあんまり役には立たなさそうだよな……箱館戦争のは、タロさんと中島さん(♥)の写真があって、結構おいしかったのですが、会津はな……情報収集するには向かないもんなァ。
とりあえず、仲間外れも何なので、“久坂玄瑞禁門の変”も一緒に買いますよ。鬼とかっちゃんの鎖帷子とか載ってるから(←それだけか)。


この項、終了。