新撰組断章

小噺・大鳥圭介の儀

「そう云や、土方さん」 「何でェ」 「こないだ俺、大鳥さんに会いましたぜ」 「……ちょっと待て」 「何ですよ?」 「何でおめェに、大鳥さんがわかるってェんだ。おめェ、会ったことなかったろう」 「や、俺ァ知らなかったんですがね、一緒だった島田さんが…

北辺の星辰 9

負傷した歳三は、宇都宮敗走の翌日昼、島田魁などわずかな人数とともに今市を発った。やはり負傷した秋月登之助も、幾人かの伝習隊士とともに同道した。 二十六日には、会津領内の田島へ入る。ここは、秋月の父親が代官を務める陣屋があり、かれを実家で養生…

めぐり逢いて 16

十一月一日夜、知内に宿陣中の松前攻略軍を、松前藩兵が襲撃してきた。 鉄之助たちはまだ知らなかったのだが、それは、蟠龍が松前城を砲撃したことへの報復であったのだ。 松前藩兵たちは、民家に火を放ち、こちらの姿を認めるや、銃を撃ってきたが、これに…

小噺・野村利三郎の儀

「土方さん、こないだ野村さんに会いましたぜ」 「野村? 野村ってなァ、野村利三郎か?」 「そうでさァ。相変わらずうるさくしてやがるんで、ちょっと撫でてやりましたぜ(爽笑)」 「“撫でて”って、おめェ……」 「斬りつけたりァしませんでしたよ。ただちょっ…

北辺の星辰 8

勢いに乗る“官軍”は、翌二十三日、早速攻勢に転じる。 戦いは朝の九時ごろ、壬生街道から宇都宮城へと続く六道ノ辻ではじまった。 野津道貴・大山巌率いる薩摩藩の一軍が、六道口の陣に来襲、猛攻の末にこれを陥落させた。 さらに薩摩藩兵たちは、城下を抜け…

めぐり逢いて 15

五稜郭入城の翌日、十月二十八日に、副長は、彰義隊、額兵隊、陸軍隊など五百人あまりを率い、松前攻略に向けて出陣することになった。 もちろん、出陣するのは副長のみではない。松前攻略軍の総督となった副長を守るため、島田や蟻通など古参のものが数名、…

小噺・斉藤一の儀 その弐

「で、土方さん、こないだの続きなんですけどね」 「どれの続きだよ」 「ほら、不動堂の屯所で、一ちゃんに戸棚に詰められそうになった話でさァ」 「あァ、あれか」 「えェ、あれですけど、あれ、続きがあってですね、俺と一ちゃんがもみ合ってるとこに、平…

小噺・斉藤一の儀

「そう云や、土方さん」 「何でェ」 「こないだ、一ちゃんに会いましたよ。源さんとこで、偶然なんですけど」 「あァ、懐かしいなァ。あいつ、元気だったか」 「相変わらずでしたよ、特に、あの顎が。思わず掴んだら、鼻ァ潰し返されましたさァ」 「……おめェ…

北辺の星辰 7

幕軍総督・大鳥圭介率いる中・後軍は、四月二十日に宇都宮城下に入ってきた。 歳三は、秋月登之助や、宇都宮城下の寺から救出した備中松山藩主・板倉勝静とその子息・万之助らとともに、大鳥たちを出迎えた。 「――よもや、先鋒軍のみで、宇都宮を落とすとは…

泡沫

――ひどく懐かしい夢を見ていた。 遠い入日を追いかけるように、歩いていた。 遠出からの帰り道。 先を行く背中に置いていかれないように、必死に足を動かして――肉刺が出来ても、食い込んだ草鞋に、足指が擦り剥けても、絶対に弱音を吐くまいと唇をかみ締めた…

めぐり逢いて 14

副長の率いる額兵隊、陸軍隊から成る一軍は、二十二日に砂原村、二十三日に鹿部村、二十四日には川汲峠と、特段遭遇する敵もなく、順当に海沿いの道を進軍していた。 隊のものは誰しもが、このまま何ごともなく五稜郭に入城できるものと、漠然とではあるが、…

小噺・市村鉄之助の儀

「……土方さん、そう云や思い出したんですけど」 「何でェ」 「市村君いたでしょう、あんたの小姓だった。あの子、今どうしてるんですかねェ?」 「さァなァ。噂じゃあ、俺が日野へ使いにやった後、しばらく経ってから、大垣の実家へ帰ったってェ聞いたが――そ…

北辺の星辰 6

幕軍およそ二千の兵は、四月十二日に鴻之台を出立、大鳥の率いる中・後軍は、街道筋を避けて北上する経路を取ったが、歳三たちの先鋒隊は、薩長軍の目を晦ますためもあって、街道筋を進むことになっていた。 十三日には利根川の渡しである布施に到着、河水の…

めぐり逢いて 13

九月二十四日、新撰組は、仙台城下から里村島に移り、仏人将校ブリュネに行軍の伝習を受けたのち、幕軍本隊とともに石巻へと移った。 そこでやや滞留して、渡航の艦船――大江丸――に乗り込んだのは、十月十日になってのことだった。 鉄之助にとっては、二度目…

小噺・衆道談義

※総司に夢を見たい方は、今回の小噺はお読みにならないで下さい。 「土方さん、ちょっと訊きてェんですけども」 「何でェ」 「昔、夜に俺の枕元に、隊士がひとりすわってて、えらいびびったことがあったんですけど、あれァ何だったんですかねェ」 「あァ?」…

北辺の星辰 5

四月十一日、歳三は、六人の隊士たちを連れて、鴻之台へと赴いた。 かれらが到着したときには、鴻之台の総寧寺には、既に伝習隊の兵士たちや、江戸の浪士組などが続々と結集してきていた。 「やぁ、土方さん、お待ちしておりました」 伝習第一隊長の秋月登之…

めぐり逢いて 12

隊士が半減し、新撰組の存亡を危ぶむ声が隊内から出はじめたころ、副長は、また唐突に、新しい隊士を迎え入れたことを、鉄之助に告げてきた。 「桑名、唐津、松山の藩士どもが、藩主への随行を許されずに、どうしたものかと考えあぐねていたようなんでな、新…

小噺・勝海舟の儀

「土方さん」 「何でェ」 「あんたァ、勝さんのこと、“いつもにこにこしてた”って云ってましたけど、それァどっから出た話なんで?」 「……どっからも何も、俺が見た勝さんァ、いっつもにこにこしてたんだがな?」 「……俺の見たなァ、地獄の閻魔みてェな面と…

北辺の星辰 4

勝によって与えられた、歳三たちの潜伏先は、丸ノ内の酒井屋敷であった。元は、若年寄を務めていた敦賀鞠山藩の前藩主の役邸跡である。新撰組の江戸での屯所であった元秋月邸とは、大名小路を挟んで斜め前の位置にあり、土地勘も比較的働きやすい立地であっ…

めぐり逢いて 11

新撰組本隊が仙台に到着したのは、九月十六日の昼過ぎのことだった。 「安富さん、島田さん……」 追いついてきた京以来の副長の腹心たちに、鉄之助は昏いまなざしを向けた。 「市村君、副長は」 安富才助に、細い目を向けられて、鉄之助は力なくうなだれるし…

小噺・守衛新撰組

「土方さん、ちょっと訊きたいんですけどね」 「何でェ」 「“守衛新撰組”ってェな、何のことですよ?」 「……何だそれァ」 「俺の方が訊いてるんですけど。――何か、箱館戦争ん時にあったみてェで、島田さんが隊長だとか……」 「そんな名前の隊は、知らねェなァ…

北辺の星辰 3

近藤が薩長に捕らわれた翌日の四月四日、歳三は、隊士たち七名と密かに江戸へ舞い戻り、勝海舟のもとを訪れた。 勝は、幕府軍事取扱、云わば軍事方の最高責任者であり、現在は、将軍慶喜の命を受け、薩長方の責任者である西郷隆盛と、徳川家の扱いをめぐって…

めぐり逢いて 10

九月一日、副長は仙台に到着した。 到着早々、幕府海軍の榎本釜次郎のもとに赴いた副長は、何やら今後の動静について会合を持ったようだった。 三日には、副長たちは、仙台・青葉城に登城し、瓦解寸前の欧州列藩同盟を立て直すための会議に出席した。 その間…

小噺・剣術談義

「そう云やァ、土方さん」 「何でェ」 「思い出したんですけど、何で俺、ずっとあんたに勝てなかったんでしょうねェ。俺ァ免許皆伝で、あんたァ目録だったってェのに」 「我流でも、俺の方が強ェってェことだろ」 「や、あんたの我流が並みじゃねェってのは…

北辺の星辰 2

近藤勇と云う男は、下り坂には滅法弱い。 もともと低いところに居る分には、それを嘆いて後ろ向きになることなどなかったのに、上へ上がってしまうと、もう下にいた時のことがわからなくなる。下にいる人間の心にも疎くなる。 かつての歳三には、近藤のそう…

北辺の星辰 1

「今、何て云った!」 土方歳三は、目を剥いて叫んだ。 「……俺は切腹する」 近藤勇は、低い声で云った。 「何を云い出しやがる!」 また叫んでから、歳三は、隊士たちの耳目を慮って、声を落とした。 「……馬鹿なことを云うな、それでは無駄死にだ」 「だが、…

めぐり逢いて 9

七月朔日、副長は戦線に復帰した。 とは云え、新撰組本隊は、白河口での戦いに赴いており、実際には、副長が出向いて、本隊に合流したと云うことだったのだが。 そして八月二十二日、勝敗は、会津の境、母成峠で決する。 守るは、大鳥圭介率いる伝習隊、猪苗…

小噺・閑話休題

「……おう」 「あれ、源さん」 「ああ、ちょうどいいところに。一緒に飲みましょうよ。土方さんが、舶来の酒を持ってきてくれたんでさァ」 「舶来?」 「そうですよ。ほら、ヴィーネとやら云う、葡萄の酒だそうですよ」 「箱館でな、フランスの士官どもが飲ん…

小噺・色の道

「土方さん、ふと思い出したんですけど」 「何でェ」 「あんた昔、伊東先生と色男自慢やってましたよねぇ? 何か、俺に“どっちが色男だ”って訊かれた憶えがあるんですけど」 「……あァ、まァなァ」 「あれって結局、どっちが勝ったんで?」 「……おめぇが妙な…

めぐり逢いて 8

足を負傷した副長を、背負って運んだのは島田魁だった。 六尺あまりの大きな背に負われた副長は、何故だかひどく小さく見えた。傷の痛みのせいか、あるいは発熱しているものか、目を閉じてうとうととしているようだった。 鉄之助は、副長の差料を抱えて歩き…