めぐり逢いて 24

 箱館を出ても、横濱は中々遠かった。
 四月十五日に出航ののち、船はまず、青森に到着した。
 このアルビオン号と云う船は、そもそも薩長軍に雇われて、箱館に駐留する外国人を安全な場所に移送するのが目的だったのだが、もちろん査察が入らないわけではなく、鉄之助は、青森に入港してしばらくは、小さな船室の片隅に潜んでいることを余儀なくされた。あの、松木と云う通詞がそうしろと云ったので。
「――もういいぞ。難儀だったな」
 そう云われて、その隠し部屋のような場所から出されたのは、もう青森を後にしようかと云う夜のことだった。
「……この先も、ずっとこんなことが続くのですか」
 さすがに身体の軋むのをおぼえ、鉄之助が問うと、
「そうだ。連中は、密航者がいるのではないかと、神経を尖らせている。この先も、寄航するごとに、このような査察が入ることになるだろう」
「そうまでしてなお、何故、俺を横濱まで……?」
 その疑問に、松木は複雑な表情で微笑んできた。
「さて……何故だろうな。確かに、土方先生からは、君を送り届けるために礼金を戴きはしたが――」
 だが、それにしても、さしたる額であろうはずはない。このような査察を幾度も切り抜け、鉄之助を庇い続ける、その労力に見合うはずなどない。
「強いて云うのならば、そうだな、私も土方先生に絆された、と云うのだろうな。――あの方は、人の心を掴むことに長けておられる。私のようなものでも、例外ではなかったと云うことだ」
 そう云って、松木は、鉄之助の目をじっと見据えてきた。
「――だから君は、土方先生の命を果たさねばならないよ。私や、君をここに送り出すために動いていた、様々な人たちの気持ちに応えるためにもな」
「――……」
 その言葉は、まだ箱館への帰還を諦めていない、鉄之助に対する釘刺しでもあっただろう。
 それがわかっていたから、鉄之助は肯首も否定もできず、ただ沈黙するしかなかった。
 副長の心はわかっている。その心を汲んで動いた、松木や安富などの人々の心も――皆、鉄之助を生かそうとして、こんなにも手を尽くしてくれたのだとは。
 だが、鉄之助の心は、とうの昔に決まっていたのだ。あの人の隣りで、あの人のために果てる、今生こそ、この人生こそはそう生きるのだと、ずっと誓ってきたのだ――それなのに。
 ――必ず、箱館へ帰る。
 松木には悪いが、それでも、その望みを諦めることはできなかった。
 もう二度と、後悔したくはないのだ。かれは、既に一度誤った。ふたたびの過ちは犯したくない。過去の罪過を知ればこそ、なおさらに。
 今生でも、ひとつの分岐は過ぎてしまった。それを取り返すことは、最早適わない。そうであれば、せめてあの人のために死ぬ。それだけが、鉄之助に残された最後の機会であるのだから。
 そんな思いを胸に、鉄之助は好機を窺っていた。
 船は、青森を出て後、補給も含めて各港に停泊したが、鉄之助の望みは、遂に叶うことはなかった。松木が船員たちに云い含めていたらしく、脱走を試みるたびに、捕まって船に引き戻されたからだ。
 アルビオン号は、薩長軍の査察なども手伝って、日程を大幅にずれ込んで、那珂湊の港に停泊した。五月も半ば近くなってのことだった。
 その停泊中の船内で。
 鉄之助は、己の望みがもはや決して叶わぬことを知らされる。
 副長が箱館市中で戦死したと云うのだ。弁天台場に孤立した新撰組を助けようとしての、進軍の最中だったと云う。
 去る五月十一日のことだった。


 知らせを持ってきたのは、やはり松木だった。
「――市村君」
 強ばった顔でやってきた松木は、鉄之助の肩をぐっと掴んだ。
「落ち着いて聞いてくれ――いいね?」
 そう云った松木の方こそが、落ち着けと云ってやりたいほどに、狼狽もあらわな顔をしていた。
 小首をかしげる鉄之助に、かれは云った――
「――土方先生が亡くなられた……つい先日――十一日のことだそうだ……箱館市中で戦闘中に、流れ弾に当たって……」
 嘘だ、と遠くで呟きがこぼれた。
 それが自分の声だと云うことに、鉄之助は暫く思い至りもしなかった。
「……嘘、でしょう――副長が、そんな……亡くなるだなんて……」
 ――知らせのないうちは……
 耳朶に甦る、副長の言葉。
 よもや、その言葉の本当の重みを、いまこの時に思い知らされることになろうとは――
 ――何故、何ゆえ、副長のお傍に戻れなかった。
 自分の生命は、ただ副長のためにあるはずだった。その生命を守り、その楯となって散る、そのためだけに、ここまで生命長らえてきた、そのはずだったのに。
 この遠い那珂湊の船上で、このような凶報を聞く、そんなことのために、これまで傍近くに在ったわけではないと云うのに。
「残念ながら……本当のことだ」
 松木は、そう云って鉄之助の肩を抱いた。父か、兄のような仕種だった。
五稜郭も、ほどなく陥落したそうだ――榎本総裁以下、箱館政府幹部は皆、官軍によって下獄されたとか……」
 ――新撰組は……
 滂沱の涙を流しながら、鉄之助は茫然と呟いた。
 新撰組は、一体どうなったのだろう。島田、相馬、安富や大野、弁天台場にいたはずの隊士たちは。
 その問いかけに、松木はただ首を振っただけだった。
「わからない――だが、いずれにせよ、極刑は免れまい。土佐藩が、坂本・中岡殺害の下手人として、新撰組を執拗に狙っていると聞いているからな。土方先生亡き今、次の隊長が誰に決まるかはわからないが……その人物は、大層なものを背負い込むことになるのだろうな」
 大層なもの――それは、その人物の死と、新撰組の解体ということなのか。
 それでは、新撰組もまた滅するのか――副長の死とともに。
「――市村君……」
 松木の声に、顔を上げる。
 見上げたかれのまなざしは、沈鬱な中にもつよいものを秘めて鉄之助を見据えていた。
「わかっているはずだ。こうなった以上、君はもはや、決して箱館には帰れない。――土方先生の遺志を、きっと果たさねばならない、そうだろう」
「……はい――はい……」
 そうだ、五稜郭が陥落した以上、いま副長のこころを郷里へ伝えうるのは、自分しかいない。自分が往かねば、副長のこころを正しく伝えうるものはいなくなってしまうのだ。
 ――副長……
 鉄之助は目を伏せて、暫、流れ落ちるままに涙にくれた。


† † † † †


鉄ちゃんの話の続き。そろそろ横濱〜日野くらい?


度々何ですが、ホント松木さん、よく鉄ちゃんを庇ってくれたよね。いくらか謝礼はしてたと思うんですが、やったことって、それに見合わないくらい大変なことだったと思うんですけども。
その辺、商人じゃない+やっぱ現代人とは違うよ、なのかなァ。今だったら、まず間違いなく引き受ける人いないよね。面倒なだけだもんなァ。
つーか、鬼のことを褒めさせるのは、中々恥しいものが……鉄ちゃんの目で見て、崇拝してるってのはOKですが、松木さんだと……どうも、小細工してる感が拭えないわ。どうしてでしょう……


あ、そうそう、某板で有名になったと云う、『御先祖様の戊辰戦記』と云うブログを見つけました――つぅか、よく行くサイト様で話題になってたので。
全部はまだ読んでないのですが、「あァ、流石にもとから直参の方は違うなァ(苦笑)」と云う感想がこぼれますね(笑)。うるせェな、どうせ直参になって日が浅かったよ、とか(笑)。
鬼がらみの記述もちまちまあるので(今は春日さんと野村絡みのネタが進行中――つーか何コレ、あんまり春日さん寄り過ぎじゃね? 確かに野村は馬/鹿だけどさァ!)、それに関してはこちらなりの視点で書いていきたいと思います――こちらなりのネタもありますのでね。
とりあえず、譜代の直参嫌ーい、とやっぱり思ってしまいます。望月さんといい、この“ご先祖様”と云い、さァ! 直参がそんなに偉いのかっつーの! 僻み? うん、僻みだよ、悪いね!


あと、気がついたら出てた別宝の「幕末藩主の通信簿」みたいなヤツ。
ちょ、何コレ、何で鬼が50点、つーか、何で勝さんより高杉のが点がいいの……! (勝<桂<高杉<大久保<龍馬<どどん)
つーかフツーどどん96点なら、勝さんせめて94点くらいじゃね? つーか、何で桂さんより高杉が上、つーか大久保そんな良かねぇだろォォォォォ!
鬼よりかっちゃんの方が点がいい(かっちゃん55点)のもムカつきましたが、勝さん桂さんの件は容認できねェ!
つーか、どこからライター引っ張ってきてるんだ宝島、とか、真剣に阿呆らしくなりましたぜ。これで伊藤博文の点数が高かったら、馬鹿野郎と叫んで本叩きつけるかも――つーか、そう、釜さんそんな点数にしやがるんだ……それこそ50点でいいのにな! けッ!


あ? 喧嘩売ってますかね? しかし、私、基本“喧嘩上等!”なので。


この項、終了(切れ切れ更新すみません/汗)。
次は――鬼の北海行、ではなくて、京都時代の変な話〜。