北辺の星辰 12

閏四月になってすぐに、斉藤一が清水屋へ顔を出してきた。 「お久しぶりです」 斉藤は端座して、うっそりと頭を下げてきた。 「怪我をされたとお聞きしたが、お加減はいかがですか」 「おぅ、良順先生に診て戴いたんでな、そう悪かァねェぜ」 もっとも、再び…

めぐり逢いて 19

明治二年の年があけた。 鉄之助は、副長付の小姓として、日々を忙しく過ごしていた。 かつては、小姓仲間も大勢いたのだが、会津よりこの方、大半は新撰組から離脱し、またあるものは通常の隊士として隊務にあてるようになり、人数は激減していた。 それでも…

小噺・忙中閑有

「……土方さん」 「何でェ」 「あんた、忙しいとか云ってたわりにゃあ、随分暇そうにしてるじゃねェですかい」 「いいや、暇じゃねぇぞ。実は、会津候に出さなきゃならねェ書類が、山のように溜まってる」 「……で、何でそうやってごろごろしてるんで?」 「――…

北辺の星辰 11

望月光蔵と云う男は、四〇も半ばほどの、中肉中背の男だった。きちんと整えられた髷と月代、黒紋付と仙台平の袴を身につけた、いかにも幕臣、しかも文官に相応しい身なりである。 そして、文官に相応しく、荒事には向かぬ性を思わせる、穏やかな面差しをして…

日野新撰組おっかけ行。

と云うわけで、行ってきました、日野半日ツアー。 つぅか、タイトルに偽り有。こんなもんで“おっかけ”云うのはなしだろう。 えーと、沖田番と最寄(?)駅で待ち合わせ、今回はそこから国分寺でJRに乗り換えて、中央線で日野まで。 駅を下りると、ちらほらと同…

めぐり逢いて 18

鉄之助たちが箱館・五稜郭に帰還したのは、松前を出立して三日の後、十二月十五日のことだった。 折りしも、この日は、幕軍の蝦夷全島平定を祝う祝賀の宴が催されており、副長の凱旋は、それに花を添えるものだったのだ。 また、この日には、こののち蝦夷を…

小噺・山崎烝の儀

「そうそう、土方さん」 「……何でェ」 「この間、山崎さんに会いましたぜ。源さんとこでですけど」 「……源さんとこァ、溜まり場んなってるのかよ。で、山崎は相変わらずだったか」 「相変わらずでさァ。源さんと碁打ちしてましたぜ」 「好きだよなァ、あのふ…

北辺の星辰 10

四月二十九日、会津若松に入った歳三たち一行は、城下の清水屋という宿に投宿することになった。 と云うのは、この宿には、幕府御典医であり、かねてより新撰組とも懇意である松本良順が、江戸を抜けて投宿しているということであったからだ。 宿に落ち着い…

偶には。

ここのところ、新撰組がらみの本(小説、漫画など)をいろいろ買ったので、これまでに手に入れたもの全般の感想など書いてみる。前にちょこちょこ書いてた感想の総まとめ的な。 まぁ、主観ばりばり+ネタバレありですので、お厭な方はスルーでどうぞ。 今回は…

めぐり逢いて 17

松前攻略軍は、城下で暫休陣していたが、兵の疲れがややとれたと見たところ――十一月十日になって、衝鋒隊、額兵隊を先鋒として松前城を出立し、江差を目指して行軍を開始した。 同じころ、五稜郭からも一聯隊が、松岡四郎次郎を隊長として江差を目指していた…

小噺・大鳥圭介の儀

「そう云や、土方さん」 「何でェ」 「こないだ俺、大鳥さんに会いましたぜ」 「……ちょっと待て」 「何ですよ?」 「何でおめェに、大鳥さんがわかるってェんだ。おめェ、会ったことなかったろう」 「や、俺ァ知らなかったんですがね、一緒だった島田さんが…

北辺の星辰 9

負傷した歳三は、宇都宮敗走の翌日昼、島田魁などわずかな人数とともに今市を発った。やはり負傷した秋月登之助も、幾人かの伝習隊士とともに同道した。 二十六日には、会津領内の田島へ入る。ここは、秋月の父親が代官を務める陣屋があり、かれを実家で養生…

めぐり逢いて 16

十一月一日夜、知内に宿陣中の松前攻略軍を、松前藩兵が襲撃してきた。 鉄之助たちはまだ知らなかったのだが、それは、蟠龍が松前城を砲撃したことへの報復であったのだ。 松前藩兵たちは、民家に火を放ち、こちらの姿を認めるや、銃を撃ってきたが、これに…

小噺・野村利三郎の儀

「土方さん、こないだ野村さんに会いましたぜ」 「野村? 野村ってなァ、野村利三郎か?」 「そうでさァ。相変わらずうるさくしてやがるんで、ちょっと撫でてやりましたぜ(爽笑)」 「“撫でて”って、おめェ……」 「斬りつけたりァしませんでしたよ。ただちょっ…

北辺の星辰 8

勢いに乗る“官軍”は、翌二十三日、早速攻勢に転じる。 戦いは朝の九時ごろ、壬生街道から宇都宮城へと続く六道ノ辻ではじまった。 野津道貴・大山巌率いる薩摩藩の一軍が、六道口の陣に来襲、猛攻の末にこれを陥落させた。 さらに薩摩藩兵たちは、城下を抜け…

土方歳三と云う男。

考察と云っても、いろいろ今さらなんですけども――今、“明治維新をひっくり返せ!”脳外シュミレーション(まァ、他人の脳内でシュミレーションやってると云うか……どうやら、完全にはひっくり返らないっぽいのですが)中なので、それ絡みで思ったことなど。 どう…

めぐり逢いて 15

五稜郭入城の翌日、十月二十八日に、副長は、彰義隊、額兵隊、陸軍隊など五百人あまりを率い、松前攻略に向けて出陣することになった。 もちろん、出陣するのは副長のみではない。松前攻略軍の総督となった副長を守るため、島田や蟻通など古参のものが数名、…

小噺・斉藤一の儀 その弐

「で、土方さん、こないだの続きなんですけどね」 「どれの続きだよ」 「ほら、不動堂の屯所で、一ちゃんに戸棚に詰められそうになった話でさァ」 「あァ、あれか」 「えェ、あれですけど、あれ、続きがあってですね、俺と一ちゃんがもみ合ってるとこに、平…

小噺・斉藤一の儀

「そう云や、土方さん」 「何でェ」 「こないだ、一ちゃんに会いましたよ。源さんとこで、偶然なんですけど」 「あァ、懐かしいなァ。あいつ、元気だったか」 「相変わらずでしたよ、特に、あの顎が。思わず掴んだら、鼻ァ潰し返されましたさァ」 「……おめェ…

北辺の星辰 7

幕軍総督・大鳥圭介率いる中・後軍は、四月二十日に宇都宮城下に入ってきた。 歳三は、秋月登之助や、宇都宮城下の寺から救出した備中松山藩主・板倉勝静とその子息・万之助らとともに、大鳥たちを出迎えた。 「――よもや、先鋒軍のみで、宇都宮を落とすとは…

泡沫

――ひどく懐かしい夢を見ていた。 遠い入日を追いかけるように、歩いていた。 遠出からの帰り道。 先を行く背中に置いていかれないように、必死に足を動かして――肉刺が出来ても、食い込んだ草鞋に、足指が擦り剥けても、絶対に弱音を吐くまいと唇をかみ締めた…

めぐり逢いて 14

副長の率いる額兵隊、陸軍隊から成る一軍は、二十二日に砂原村、二十三日に鹿部村、二十四日には川汲峠と、特段遭遇する敵もなく、順当に海沿いの道を進軍していた。 隊のものは誰しもが、このまま何ごともなく五稜郭に入城できるものと、漠然とではあるが、…

小噺・市村鉄之助の儀

「……土方さん、そう云や思い出したんですけど」 「何でェ」 「市村君いたでしょう、あんたの小姓だった。あの子、今どうしてるんですかねェ?」 「さァなァ。噂じゃあ、俺が日野へ使いにやった後、しばらく経ってから、大垣の実家へ帰ったってェ聞いたが――そ…

北辺の星辰 6

幕軍およそ二千の兵は、四月十二日に鴻之台を出立、大鳥の率いる中・後軍は、街道筋を避けて北上する経路を取ったが、歳三たちの先鋒隊は、薩長軍の目を晦ますためもあって、街道筋を進むことになっていた。 十三日には利根川の渡しである布施に到着、河水の…

めぐり逢いて 13

九月二十四日、新撰組は、仙台城下から里村島に移り、仏人将校ブリュネに行軍の伝習を受けたのち、幕軍本隊とともに石巻へと移った。 そこでやや滞留して、渡航の艦船――大江丸――に乗り込んだのは、十月十日になってのことだった。 鉄之助にとっては、二度目…

小噺・衆道談義

※総司に夢を見たい方は、今回の小噺はお読みにならないで下さい。 「土方さん、ちょっと訊きてェんですけども」 「何でェ」 「昔、夜に俺の枕元に、隊士がひとりすわってて、えらいびびったことがあったんですけど、あれァ何だったんですかねェ」 「あァ?」…

北辺の星辰 5

四月十一日、歳三は、六人の隊士たちを連れて、鴻之台へと赴いた。 かれらが到着したときには、鴻之台の総寧寺には、既に伝習隊の兵士たちや、江戸の浪士組などが続々と結集してきていた。 「やぁ、土方さん、お待ちしておりました」 伝習第一隊長の秋月登之…

資料のこと・改訂版。

ちょこっと(……そうか?)資料が増えたので、この辺でまた一覧など。これで買い収め、にしたいなぁ…… タイトル、著者名、出版社名、ISBN(面倒なので10桁の方)の順で。 「新選組始末記」 (子母澤寛 中公文庫 し 15-10) 4122027586 「新選組遺聞」 (子母澤寛 中…

めぐり逢いて 12

隊士が半減し、新撰組の存亡を危ぶむ声が隊内から出はじめたころ、副長は、また唐突に、新しい隊士を迎え入れたことを、鉄之助に告げてきた。 「桑名、唐津、松山の藩士どもが、藩主への随行を許されずに、どうしたものかと考えあぐねていたようなんでな、新…

小噺・勝海舟の儀

「土方さん」 「何でェ」 「あんたァ、勝さんのこと、“いつもにこにこしてた”って云ってましたけど、それァどっから出た話なんで?」 「……どっからも何も、俺が見た勝さんァ、いっつもにこにこしてたんだがな?」 「……俺の見たなァ、地獄の閻魔みてェな面と…