北辺の星辰 17

 歳三は、翌二十二日、若松城北の滝沢本陣まで馬を駆った。
 こちらも、母成峠の敗走のあおりで混乱を極めており、庄内行の話を誰に持ってゆけばよいかもわからぬような有様だった。
 ともかくも、誰か話のできるものをと思っても、大鳥も行方不明、会津の諸将は散り散りに反撃を企てているものか、見当たるものがない。
 そうこうしている内に、昼あたりには、猪苗代が抜かれたと云う風聞が、歳三の耳にまで入ってくるようになった。
 ――これは、いよいよいかん。
 新撰組は、何とか天寧寺の屯所にまで戻ってきた、という話も聞きはした。だが、様子を見に行こうにも、いつ薩長軍が襲来するかわからぬこの状況では、単独で動く愚は、避けたほうが良さそうだった。
 ――大鳥さんは、どうなったんだ。
 幕軍の総督である大鳥なくては、今後の動向も決めることができぬ。
 だが、その肝心の総督は、母成峠で敗走後、姿が見えぬのだと云う。
 よもや、生命を落としたのではあるまいか――不吉な思いに塞がる胸を抱えつつ、歳三は、混乱の中ですこしでも状況を把握しようと、滝沢本陣の中をうろつき回った。
 戦況は、兵たち――特に、会津――の士気に水を差してはいないようだったが、ただ、若干その士気の意味合いが違ってきているようであるのが、歳三の気に懸かった。
 戦い抜く、というその意気込みが、前向きなものから悲壮なものへと変わりつつある。彼らの心のどこか片隅に、“勝てぬ”という気持ちが芽生えつつある――
 ――勝てねェ、じゃねェ、勝たなきゃならねェんだ!
 歳三は、歯を食いしばった。
 まだ、徳川は滅したわけではない。将軍は蟄居しているとは聞いていたが、それが討たれたと云う話は、まだこの会津には届いていない。それならば、是が非にも勝たねばならぬ。勝って、徳川の世が終わらぬように――せめて、その命脈が切れぬように。それが、勝が望んだことであったのだから。
 苛々しながら過ごしていると、会津候が、手勢を率いて滝沢本陣に出陣してきた。
 しかしながら、もはや野戦で対抗するには、この本陣はあまりにも混乱している。
 会津候も、それがわかったのだろう。ともに来ていた、実弟である元桑名藩主・松平定敬に、米沢へ行くよう指示を出したのだ。
 ――しめた!
 と思ったのは、それに途中まででも随行させてもらえれば、幕軍参謀に過ぎない歳三にも、多少の箔がつくと考えたからだった。どこでも、藩の重鎮連は、野良犬上がりにはまなざしが厳しい。そこを、会津候の威光で補おうと考えたのだ。
 その旨を申し出ると、戦力不足の認識はあったのだろう、快く許され、歳三の庄内行きは決まった。
 そのまま、慌しく滝沢本陣を出立すると、途中の大塩村で、大鳥が幾人かの将兵と寄り合っているのに行きあった。
 丁度良いとばかりに、大鳥に、自分が不在の間、新撰組を頼むと云うと、渋い顔で拒まれた。
「置いてなど行かずに、君が率いて庄内まで行ったらどうだね」
 などと、無理とわかって、そのようなことを云う。
「今や、戦況はそのような悠長なことを云っている場合ではないとおわかりでしょうに」
 新撰組を率いてぞろぞろと行く、そんな暇などありはしない。単騎、庄内までを駆け抜ける、その意気でなくて、援軍など間に合おうはずはない。それなのに。
 何を云うやら――駄々っ子のように。
「そのようなことができないことなど、大鳥さんならおわかりのはずだ。――ともかく、俺ァ行きます、後のことは、隊長の斉藤――山口と、伍長の島田、安富に任せておりますので、大鳥さんには、隊の大まかな指揮をお願い致します」
「君のところの連中が、私の云うことなど聞くものかね」
 拗ねたようなもの云いに、歳三は今度こそ、呆れを含んだ溜息をついた。
「幕軍の総督は、あんたでしょう、大鳥さん。そのあんたが、たかが隊のひとつを指揮できなくて、どうするって云うんです」
 だが、大鳥は、ふいと横を向くばかりだ。
「……ともかく」
 歳三は、苛々と云った。
新撰組のことァ、お任せします。必ず、何とか、援軍を連れてきますから」
 そもそも、こんなところで云い合っている暇などありはしないのだ。
 松平定敬一行を、このために待たしてしまっているのだ。ぐだぐだとした云い合いをする暇などない、庄内へ行き、援軍を引き連れて戻ってこなければ――さもなくば、会津ばかりか、幕軍の定めもここまでだ。
 歳三は、強引に大鳥に後事を託し、松平定敬一行について、会津を後にした。
 だが、会津を発った翌二十四日、米沢にさしかかったところで、一行は思わぬ事態に遭遇した。
 米沢藩が、一行の領内通過を認めないと通告してきたのだ。
 どうやら米沢は、既に降伏の意を固めているらしく、その妨げとなるだろう会津・庄内両藩のものが、領内を行き来して結束するのを嫌ったようだった。
 歳三たちは、米沢城下に至ることこそ許されたものの、そこから先に進むこともできず、宿に逗留して、次善の策を練ることにした。
 と、ここで、戦禍を避けていた松本良順医師、そして、庄内藩士・服部十郎右衛門と会った。
 服部も、この米沢で足止めをくっているというので、丁度いい、今後の話をと、壬生藩の友平慎三郎も加え、酒席を設けて会合を開くことになった。
「土方殿は、会津より参られたとお聞きしたが、会津表の戦況は如何なものか」
 服部の言葉に、松本医師のみならず友平も、身を乗り出すようにこちらを見つめてきた。
「かなり厳しゅうございますな」
 歳三は、やや言葉を選んで云った。まだ戦い続けるつもりの服部などに、あまり弱気なことは聞かせたくなかったからだ。
「私が会津を発った時には、薩長軍は、会津城下に迫る勢いでございました。鶴ヶ城は堅牢強固と聞き及びますが、奈何せん、薩長は数を頼んでの大攻勢。果たして、どれほど抗することができるかは……」
「何と……」
 服部や友平の口から、苦渋に満ちた溜息がこぼれる。
「それでは、なかなか我らが勝利は遠いと云うことか――しかも今、米沢が恭順に意を転じたとあっては、援軍を出すこともままならぬ。薩長は、このまま奥州同盟の分断を目指すのか……!」
「まぁ、それが順当な作戦ではあるだろうな」
 松本医師が、冷静に云った。
 蘭方医である松本医師は、かつて勝海舟とともに学んだことがあるのだと聞いたことがあった。
 それ故にか、かれの情勢を見るまなざしは、下手な直参連中よりも冷静で、かつ見識のあるものだった。
「奥州諸藩、特に仙台などは、薩長も迂闊に手を出せぬ相手。まずは周辺の切り崩しを行って、恭順の意を示させる方向に持っていくと云うことだろう」
「それでは、我々の採るべきは、どのようなみちだと思されますか」
 問われて、医師は暫、沈黙した。
「……勝利を得るためには、異国の力を借りることが肝要だと思う」
 異国。それは、幕府に好意的である仏蘭西の力を借りろと云うことか。
 だが、
「……この混乱を極める時期に異国を引き入れて、支那の二の舞にならぬと云い切れるのでしょうか」
 歳三は、不安を口にした。
 仏国の力を借りることは、勝とて考えたことがある方法だろう。だが、かれが敢えてその策を採らず、江戸城無血開城を選んだのは、支那阿片戦争のことが頭の隅にあったからに違いない。
 一国の政府が、異国に借りを作れば、そこからつけこまれて属国に落とされてしまうのではないか――そうだ、そもそも、かつての攘夷運動とは、その不安から発したものだったのではなかったか。
「うむ、確かにその不安が拭えんのだ。――だが、是が非でも勝つ、と云うならば、それもまた已む無しではないか」
「――しかし、まだ、完全に奥州同盟が崩されたわけではあり申さん」
 服部が、膝上で拳を握りしめて、云った。
「戦えるうちは、異国の力は借りずに済ますが宜しいのではありませぬか。――そのためにも、奥州同盟の絆を一層強固にせねば」
「さよう、異国を頼むは、最後の手段にございます」
「……奥州同盟は、まだ諸藩をまとめ得ましょうや?」
 歳三は問うた。
 ともかくも、会津に足止めされている幕軍を、どうにかその泥濘から救い出さねばならぬ。そのためには、奥州同盟を言葉どおりに結束させ、佐幕派の一大勢力となるよう働きかけねばならぬ。
 斉藤がどう思っていようとも、それこそが、延いては会津を救うことにも繋がるのだ。
「まとめ得る、と、俺は思っているが」
 医師の、やや歯切れの悪いもの云い――だが、わかっている。松本医師も、不確かなことを確実だとは口にできない質なのだ。
「ただ、いかにも諸藩の同盟のみでは心許ない。やはり、異国を頼みとするべきではないか」
「ですが、朝廷の御許しなく、異国と軍事の同盟を交わすは、後に禍根を残すことにもなりましょう。その段は、如何に?」
 友平が、疑問を差し挟むと、医師は、ゆっくりと口を開いた。
「今の同盟の公議府は、白石にある――そちらには、輪王寺宮様がおわします。宮様に御許しを戴くが肝要でござろう」
「――白石、でございますか……」
 歳三は、唇を噛んで考えこんだ。
 白石は、米沢から決して近いとは云えぬ土地だ。
 だが、このままここに滞留を続けても、庄内への道がひらけると云う保証はない。無為に時間を過ごして、その間に会津に降伏されては元も子もない。
 それに、白石は、庄内よりは会津に近い。仏国との同盟の許可を求めるにせよ、奥州同盟に基いて援軍を要請するにせよ、そちらへ向かう方が早道だ。
 何より、輪王寺宮があるからには、そちらから会津への援軍を指示してもらえれば、諸藩も動かざるを得まい――
「――どうした、土方」
 松本医師が問いかけてくるのへ、わずかに笑みを返す。
「今後の方策を考えておりました」
「ほう。――白石へ、行くつもりか」
「はい」
 考えれば考えるほど、他に道はないように思われた。
 ただ、懸念があるとすれば、輪王寺宮周辺の人間が、野良犬風情に耳を貸さぬと云うことだが――駄目で元々、あたってみるに如くはない。
 歳三の応えに、服部たちは笑みを浮かべた。
「おぉ、それは重畳」
「お頼申しましたぞ、土方殿」
 松本医師までが、杯を掲げ、笑みかけできた。
「吉報を、愉しみにしているぞ」
 その言葉に笑みで応え。
 歳三は、杯を掲げて酒を乾した。



 翌日、歳三は、松平定敬に、白石行きのため一行を向ける旨を告げ、単騎、米沢を発った。
 だが、白石へ到いてみると、危惧したとおり、公議府の人間は、歳三に目もくれないような有様だ。会津への援軍要請にも、疑わしげなまなざしをくれるばかり、とても話になりそうにない。
 それでも何とか道を模索していた歳三の耳に、江戸を脱走した幕軍の軍艦が、石巻に入港したと云う話が届いた。
 幕軍の軍艦! 奥州同盟が動かずとも、幕府海軍ならば、あるいは力になってくれるかも知れぬ。むろん、船が陸を走ることはないが、軍艦の力を後ろ楯に、諸藩を動かすことはできるだろう。
 しかも、その幕府海軍を率いているのは、榎本釜次郎だと云う。
 榎本には、四月の陸海軍の脱走の折、事前の顔見せと称して、一度だけまみえたことがある。かれならば、歳三を誰であるか知り、力になってくれるだろう。
 行く先は決まった。
 歳三は白石を諦め、再び馬上のひととなった。
 独り――仙台へと。


† † † † †


鬼の北海行、続き。
京都から会津にアタマ切り換えるのが厳しかった……


えぇえと、今度こそ庄内→仙台行き……
どうも資料の日付が曖昧なので、いろいろちょこっとずつとか変わるかも。ただ、この辺の鬼に関しては、あんま資料とか、新ネタ出てこないんだよねェ。だぁれも知らない、知られちゃいけ〜ない〜、って云うか。いや、いけないわけじゃあないんだけども。
何かね、新撰組は、鬼の云うことしか聞かないので、大鳥さんが引き受けるの嫌がったんだそうです。まァ大体、鳥さん、一ちゃんと仲悪いしねー。自分の好きなようにやりたい一ちゃんと、緻密に作戦考えて、そのとおりに人が動かないと厭な鳥さん、では、まァ反りなんぞ合うわきゃあねェ。


とかやってたら、身内から、「そろそろオリジナルの話を書かないと、物語を書けなくなるよー」と云われてしまった……
まァね、確かにね、今書いてるのや、これから書こうと云うルネサンス話なんかは、厳密には“小説”じゃあないもんな。ここのタイトルどおり、“備忘録”以外の何ものでもないもんなァ。
でもでも、この辺の話は、2019年までに書いておきたいんだ! ちょうど先生の没後500年+鬼の没後150年の節目の年だし。知ってること、聞いたことは全部書いておきたい。それが“小説”にはならないとしても。
つーわけで、まだこの調子でいきますよ。2019年まで、あと12年しかない……!


関係ないですが、グーグルで検索をかけていたら、鬼の生まれ変わりと公言されている方(♂)がいらして、吃驚。はー、生まれ変わりねェ……いや、ないとは申しませんが、鬼ですか……ははは。
何でもいいけど、私は勝さんと源さんと鉄ちゃんの生まれ変わりがいるなら会ってみたいなァ。だけどかっちゃんは願い下げだ。
ちなみに、目的のページを、その驚愕のあまり(?)見失っちゃったよ! オイコラてめェ、俺の目的ページ返しやがれ!


あ、そうそう、江藤淳の『海舟余波』(文藝春秋)を読了いたしました。
実は、今まで明治維新のアレコレと、鬼や釜さんのアレコレが連動してないまま話を書いていた(だって、鬼視点のしかわからねェのよ)のですが、これを読んだお蔭で、薩長の内部の権力移行のこととか、勝さんが何で交渉失敗したかがわかりましたよ。こういう本(政治評論みたいなの)って、あんまりないよね、事実を並べてるのはあってもね。
面白かったので、これに出てくる日付に、鬼のアレコレの日付を足して、年表(って云うか)を作ってみようかと。とりあえず、八月の釜さんの脱走が(以下略)だったのはわかりました。うん、これはきっちり活用しよう。
しかし、江藤淳の本って、やっぱ面白いなァ。


この項、終了。な、何とか白石は抜けた……
次は、鉄ちゃんの話の続き。

袖擦りあうも

 土方歳三が、馴染みの蕎麦屋の戸を開けると、
「――おいでやす」
 と云って頭を下げた小女が、困惑気味に奥を見た。
「取りこみ中か」
 奥からは、男たちの諍うような声が聞こえてくる。
「へぇ、それが」
 言葉を濁す女を押しのけるように、店の主が駆け寄ってきた。
「土方先生! いいところに!」
 厄介ごとのにおいがする。
 眉を寄せる歳三には構わずに、主は早口でまくし立てた。
「今な、どこぞのお武家はんが呑んではるんですけど、居あわせた若いもんと喧嘩んなって……」
「酔っ払いの喧嘩か」
 なるほど、それで“いいところに”か。
 歳三は、昨年結成された“新撰組”の副長だ。東の果てから上ってきた東夷の浪士組は、行いの非道さもあって、京市中では悪評の的だが――こういった厄介ごとには、必ずと云っていいほど引きずり出されるのも確かなことだった。
 ――で、俺に止めろってェわけだな。
 ここは京市も中ほどの三条麩屋町、縄張りとしては、見廻組のものになる。本来ならばそちらへ頼むべきなのだろうが――酔っ払い同士の喧嘩の仲裁など、旗本格の見廻組などに頼むまでもないし、そうすれば礼も弾まねばならぬ。
 その点、“ただの客”である歳三ならば、天麩羅の一皿、燗の一本、蕎麦の一杯も食わせれば済むだろうという――何とも京の人間らしい目算が働いたのだろう。
 歳三は、かすかに苦笑をこぼした。
「――わかった。で、そいつらはどこのもんだ?」
「それが、一方は、どうやら長州のおひとのようで……」
 長州者。それは厄介だ。
 この近く――三条河原町のあたりには、長州屋敷がある。単に、そこの用人のひとりであるならばよし、そうではなく、もしも尊攘派の過激浪士であるならば――見廻組に出動を要請するよりない。
 歳三は、左手で佩刀の鞘を握りしめ、ゆっくりと店の奥へ歩を進めた。
 と、
「――おんどりゃあ、こんあんつくがぁ!」
 威勢のいい長州なまりの声がそう云って、杯がひとつ、ひゅっと空を切って飛んできた。
 杯は、歳三の頬をかすめ、後ろの壁にあたって砕けた。
「何抜かす、鄙もんが!」
 そう云いながら袖を捲り上げる相手方は、こちらはいかにもごろつき風だ。
 まわりは己の器を手に、そそくさと奥へ身を寄せている。
 その手前、床几の上に片膝を曲げるようにして坐っているのが、件の“長州者”のようだったが――
 その男の異相に、歳三は目を見開いた。
 まだ若い男だ。年のころは二十四、五、黒羽二重の羽織に小紋の小袖、大きな縞の平袴をつけている。腰には大小、その拵も中々のもの、とても脱藩浪士などには見えはしない。
 だが――その男の異相たる所以は、その頭にあった。
 ひどく面長なその顔には、うっすらとあばたが浮いている。切れ長な眼ととおった鼻筋、静かと云ってよい上半分に比して、しっかりと結ばれ、時折皮肉な笑みにほどける唇が、ひどく剣呑な印象を足している。
 そして、何よりも異様なのは、その髪型――まるで破れ坊主のような、散切りにされた髷のない頭、これは、この男は。
「……ちィっ!」
 吐き捨てざま、ごろつきの片方が、匕首に手をかけ。
「おっと、そこまでにしな」
 歳三は、慌てて双方の間に割って入った。
「何やあんた」
 ごろつきどもが、胡乱なまなざしでこちらを見る。
 それへ、歳三はにやりと笑いかけて見せた。
「店の親父に頼まれてな。これ以上迷惑になるようなら、出るとこへ出てもらおうじゃあねェか」
「東夷が――関わりのないもんは、口出しせんでもらおか」
「そうもいかねェよ、見てみろ、他の客が、壁際で怯えてるじゃあねェか」
 歳三は云って、脇差の鯉口をわずかに切った。堀川国広の鋭い刃が、薄暗い店の中でも、ぎらりと輝いた。
「ふん、鄙もん同士、庇いあうんか。――それ抜きよったら、あんたも拙いことになるんやないんか」
 鼻を鳴らす男に、唇を歪めて見せる。
「そうでもねェさ。俺も、市中見回りの任がある立場なんでな」
「抜かしや。あんたみたいなんが、お役人とは片腹痛いで」
「別に、市中見回りは、役人のするもんだとァ限るめェさ」
「何やと? ……あんた、もしや」
 片目を眇める男に、にやりと笑いかけてやる。
新撰組の名ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
「みぶろか!」
 男たちは、そう云って一歩下がった。
「――ふん、ここは引き下がったるわ。……あんた、命拾いしたなぁ」
 と、最後の言葉を長州者に投げかけて、そそくさと店を出ていく。
 小女が、代を受け取って、慌ててあたりを片付けはじめた。
「……土方先生、おおきに」
 店の主が云いながら、これはお礼がわりにと、熱燗を一本と天麩羅を一皿、歳三の前において、奥へ下がっていった。
 溜息をひとつついて、歳三が席につくと、
「――壬生浪、と云ったか」
 と、訛りのきつい江戸言葉が、向かいの席から投げかけられた。
 例の、長州者らしき異相の男だ。
 江戸の言葉が喋れるのかと内心驚きつつ――だが、考えてみれば、参勤交代などというものもある、多少なりとも喋れないと思う方がどうかしているのだろう――、歳三は云い返した。
「もう、浪士組じゃねェよ。京都所司代お抱え、新撰組ってェれっきとした名も戴いてるんだ」
「あんたが、壬生浪の人間なら、うちの藩の者が世話になってると聞いている」
「壬生浪じゃねェ。――“うちの藩”ってェのァ、長州か」
「あぁ。俺は、長州藩奥番頭役・高杉晋作だ――もっとも、今は一寸、脱藩中の身だが」
「脱藩?」
 歳三は、思わず頓狂な声を上げていた。
 長州藩における“奥番頭役”なる役職がどれほどのものなのかを、歳三は知らない。
 だが、“奥”と云う言葉が示すのは、この男が、自分たちのように幕政の、あるいは藩政の末端で駆けずりまわっているのではなく、政の府のうちに列席し、その行末を定めるもののうちにあるのだということだった。
「……あんたは、長州ん中じゃあ、結構な立場にあるんじゃねェのか。それが、何で脱藩なんぞ――」
 歳三には、想像もつかない。
 自分の欲する立場、身分を兼ね備えながら、何故、それを簡単に投げ打ってしまえるのかなど。
「何故、だと」
 云いながら、高杉は酒をあおった。それほど強くはないものか、まだ燗を一本も空けていないようだと云うのに、そのまなざしには酩酊のいろがあった。
「藩内の立場など、何の役にも立たん――獄中の師をむざむざと見殺しにし、死に急ぐ同志を諌めることもできん……そんなものに、何の意味があると云うのだ」
「阿呆か」
 歳三は、吐き捨てるように云い返した。
「それを変えていくのが、あんたのやるべきことじゃあねェのか。藩の中の風通しをよくして、あんたの仕えるべき主のために良いように藩内を動かしていく、それが、あんたに求められてることじゃあねェのか」
 自分たちなどはまだ、そこに至る道の手がかりを求めて蠢いているという状態であるのに――この男の悩みの、なんと贅沢なことか。
「お前に何がわかる」
 高杉は、酔ったまなざしで睨みつけてきた。
「俺以外の仲間たちは皆、足軽などの軽輩ばかり――さりとて、藩の中枢では、俺ひとりがことを動かそうにも限度がある。殿や世子は俺と意見を異にし、重臣たちとても京の動きに右往左往するばかり……俺の望む方へなど、とてもとても……」
「贅沢云うねィ。俺なんざ、士分に上がる手前でじたばたしてんのによ」
「“士分に上がる手前”?」
 高杉が目を見開いた。
「お前、士分でもないくせに大小を差して――」
「格好からでも士分らしくしておかねェと、お取立ての話すらこねェからな」
 歳三は、肩をすくめた。
新撰組は、俺と局長を筆頭に、士分でない連中が多いからな。会津の公用方に舐められねェためにも、かたちだけでも士分らしくしておかねェと」
「お前と局長――お前、名は何と?」
「おや、すまねェな、名乗りがまだだったか。俺ァ、新撰組副長・土方歳三だ」
「土方……っ!?」
 途端に後じさりする高杉に、にやりと笑いかけてやる。
「ほう、俺の名ァ、長州の中枢にあるようなおひとにも届いてるのか」
「……こちらへ出てきてから、お前の名はよく耳にする。会津の走狗、幕府の狗とな。……よもや、士分でないものが悪名高い壬生浪の頭とは、思いもよらなかったが」
 と、こちらもすこし唇をつり上げ、高杉が云った。どこか嘲るようなもの云いだった。
「それァ、士分でなくて悪かったなァ」
 苛立ちとともに、片頬を歪める。
 この世は、その出自ですべてが決まる。農民の子は農民に、武士の子は武士に。そのことを思い知ったのは、初めての奉公の時――あれは、十一の歳のことだっただろうか。
 謂れのない侮辱を受けて、反抗すると殴られた。その殴ってきた相手と自分との間に、一体どれほどの差があったと云うのか――出自だけだ、出自が異なると云うだけで、あれほど理不尽な目にあうことになったのだ。
 夜道を独り、遠い日野目指して歩きながら、歳三は悔し涙を流したのだ。そうして心に誓った、もはや決して、出自のゆえに侮られたりはするまいと。
 あの時の悔しさを噛みしめて、這いずるようにでも上を目指して――遂にやっと、ここまで辿りついたのだ。士分に取り立てられることも射程に入る、会津藩お預かりと云う立場まで。
 確かに、自分たちは士分ではない。だが、それに肩を並べ得るところまではきた。そのことをとやかく云われる筋合いはない。たとえ、目の前のこの男が、長州の要職にあったとしてもだ。
「俺ァな、あんたみてェな生まれながらの侍じゃあねェよ。だがな、そんじょそこらの連中よりァ、俺たちの方がよほど御公儀のお役にァ立ってるんだ。その矜持だけァ、誰にも侮らせやしねェよ」
 たとえ野良犬の、幕府の狗の、壬生の狼のと云われようとも、それだけは決してゆるさない。その誇りだけは、何人にも汚させてなるものか。
 と。
「……お前も、奇兵か」
 高杉が、ぽつりと云った。
「あァ? 何を云いやがる」
「お前も、正兵ではなく、奇兵なのだな」
「俺たちが、正規の侍でないってェ意味なら……」
 馬鹿にするな、と歳三は云いかけた。
 が、高杉は首を振った。
「そう云うことじゃあない。……いや、すこしはそう云う意味もあるか。――いずれにしても、お前もまた、烈士なのだな」
 烈士――この自分などに、かたい節度があるように、高杉には見えると云うのか。
「……俺ァ、そんなご大層なもんじゃあねェんだがな」
 ただ自分は、頭ごなしに決めつけられることが嫌いなだけだ。理不尽なことを強いられて、それを“仕方がない”と諦めることができないだけだ。押さえつけてくるものには牙を剥き、決して頭を垂れぬ。ただ従順なだけの“狗”などには決してならぬ、それ故、壬生“狼”であり続けるのだと、そう心に定めているだけなのだ。
 だから、郷里のものたちは、かれをして“バラガキ”と呼んだのだろう。“茨”の“垣”、触れるものを傷つけずにはおれぬ荒ぶるものと、そのように。
 ああ、バラガキで結構だと、歳三は思う。
 ――俺ァ、押さえつけられて頭を垂れるのなんざァ、願い下げだ。
 会津にも、公儀にも、ただ闇雲に従いはするまい。たとい傍からそう見えようとも、いずれ、いつか、その縛鎖を抜けて、己の思うがままに動いてやる。
 いつか――己がすべてを賭けてもよいと思えるものに、出会えると信じたいのだ。会津の公用方や、下らない瑣事に惑う幕臣などでなく、世の混迷を見透かし、自分を最大限に使いこなしてくれる、そのような大器に出会えるのだと信じたいのだ。
 そうでなければ、今のこの屈辱を耐え忍ぶことなどできはしない。いつか、遠い未来にでも、自分が正しく評価され、それに見合う活動の場を与えられる日が来るのだと、そう信じていなければ。
「……俺は、お前のような連中を知っているぞ」
 高杉が、杯を傾けながら云った。
「お前のようにまなざしを燃え上がらせ、俺たちを見据えてくる連中を知っている――お前も、また奇兵だ、あいつらと同じものなのだ……」
「あんたの傍に、俺みてェなのがいるってェんなら、あんたはそいつらに気をつけた方がいいぜ」
 歳三は、苛立ちに肩をすくめながら、云った。
 酔っ払いの話は、脈絡がない。自分と、この男が知っていると云うものたちと、高杉の中でどういう繋がりがあるのかはわからないが――正直、碌なものだとは思えなかった。
「気をつけるべきか。何故だ」
「そいつらが士分でないんなら、あんたをひっくり返すかも知れねェからな」
「ひっくり返すか」
「返すさ。俺があんたの傍にいるんなら、それで、正当な評価を貰えてねェと感じてるんなら――いずれ、俺ァあんたの手を噛むからさ」
「与えられた任務が、天下の趨勢を定めるためのものだったとしても、か」
「俺ァ、天下国家のために生きてるわけじゃあねェんでな」
「天下国家を語る理想を持たんものは、畜生と変わらんではないか」
「ほォお、身分に関わりなく、有能な人間を登用するようにしてほしい、ってなァ、理想たァ云わねェのか」
 片目を眇めて云うと、高杉は黙りこんだ。
「それを理想と云わねェってんなら――あんた、本当に、まわりの連中にァ気をつけた方がいいぜ。俺ならきっと、あんたの手を噛むからな」
 たかが生まれの違いごときで、誰にも己を蔑ませたりはせぬ。今はかなわなくとも、いずれ、生まれのことなど忘れさせて、自分を使わせてみせる。
「――俺を、傲慢だと云うのか」
 高杉が、睨み上げるようにこちらを見て、云った。
「別に」
 歳三は、肩をすくめてやった。
「まァ、普通なんじゃあねェのか。士分で、それなりの家に生まれた奴ら――特に、旗本直参の連中なんざ、人のことを畜生以下としか思ってねェ奴も多いからな。それに較べりゃあましってもんだろ」
「……そうか」
 高杉は、そう云ってまた杯を乾した。何かを考えこむような顔つきで。
 やがて、
「――ひじかた」
「あァ?」
「それでもお前は、士分になることを望むのか――だが、たとえ取り立てられたとて、そうそう待遇が良くなるとは思えんぞ。それでも、か?」
 高杉のまなざしが、じっとこちらを見据えてくる。まるで、この問いかけに対する歳三の答え如何で、かれの抱える何かにけりがつくのだとでも云うように。
 だから、歳三は真剣に答えることにした。もっとも、癪なので、もの云いまでを真剣にしてやろうとは思わなかったのだけれど。
「あァ、士分になりてェさ。百姓の小倅の云うことになんぞ、お歴々は耳を傾けもしねェもんだ。だが、士分になりゃあ、もうちっとはものが云えるようになるからな」
「――そうか……」
 高杉は、半ば思いに沈む風情で頷いて、最後の杯をぐいと乾した。
「……お前と話せて、中々愉快だった。――お前は面白い男だな。どうせなら、幕府の狗など辞めて、こちらへ来ないか。俺ならば、お前に場所を与えてやれるぞ」
「生憎だが」
 歳三は、にやりと唇を歪めた。
「俺ァ、武州は多摩の産でな。生まれた時から、公方様の差配される土地でやってきたんだ。今さら、他所の殿様の下になんぞつけるかよ」
「そうか。……残念だ」
「あんたこそ、どうせなら公方様にお仕えしたらどうだ? あんたなら、そこそこまではいけるんだろうに」
 歳三が云うと、高杉はうすく笑んだ。
「それこそ御免だな。俺は、主家に忠誠を誓っている。それに――徳川の世は、そう長くは続くまいよ」
「あんたが、引っくり返すとでも云うのか」
 尊攘過激派の多い長州のものたちとともに?
「いや――だが、今のように、異国に対して弱腰の幕府では、もはやこの先保つこともあるまい」
「そうとも限るめェさ。すくなくとも、長州一国に倒されるほど、幕府は脆い土台の上にたってるわけじゃあねェ」
 自分たちのようなものが、京都所司代お預かりになれるほどには緩んでいたとしても、それでもまだ、完全に倒れるほどではない。そこまで幕府は堕ちてはいない。
「それに――俺たちのようなのが入っていきゃあ、また新しいことができるかも知れねぇだろ」
「……そうあらまほしいものだな」
 高杉は、目の端で笑ってよこした。
「まぁ、縁があればまた会うこともあるだろう。できれば、我々の同志を狩るのは止めてもらいたいものだが」
「そっちこそ、あんまり無体なこたァ止めてもらいたいもんだぜ」
 そう云ってやると、相手は、また微かに笑い、すっと席を立った。ちゃり、と、小銭が卓の上に置かれたのがわかった。迷惑料なのか、皿数よりも多い額だった。
「……ではな」
「あァ」
 短く礼をかわし、高杉は、するりと店を出ていった。
 ――さすがに、一国の要職にある人間てェのァ、大したもんだなァ。
 すこしの悔しさとともに、歳三は思い、杯を傾けた。
 高杉の言葉を聞いていると、自分には、天下国家を考える頭はないのだと、今さらながらに痛感する。高杉に、“自分の理想は、出自に関わりなく人材の登用される世だ”と云い放ったにも拘らず、それが、一種の苦し紛れの言葉であることを、歳三は自覚していた。
 そうだ、自分は天下国家を語る器ではない。それは、自分より上にある人間、自分が仕えるべき人間の考えることであって、自分はその尖兵となることしかできはしない。
 だが、その人物は、局長である近藤や、会津候とはもっと違う――もっと高い視野でものを見る人間であってほしい。自分や隊士たちを手足として動かし、また動かされる側も、そのことを誇れるような――
 ――まァ、夢のまた夢、かも知れねェがなァ……
 苦笑がこぼれ落ちる。
 そのような人物など、今の自分に見えることがかなうものか、否、それ以前に、そもそも存在するかどうかも知れぬのに。
 だが、希望は捨てまい。いつか、いずれ、必ずかなう、そう思っていなければ――先の見えない今の状況に、押し潰されてしまいそうになるから。
 ――まァ、いいさ。
 いずれ再び高杉に見える頃には、己も胸を張って、あの言葉を真実のものだと云えるようにすれば良い。
 歳三は微苦笑を浮かべ、杯を一息に乾した。



 その後、歳三は、遂に高杉と会うことはなく。
 六月の池田屋事件を経て、新撰組は歴史の表舞台に踊り出してゆくこととなる。
 一方の高杉は、三月下旬、萩に帰還、そのまま野山獄に下されることになるが――その直前に、奇兵隊総管・赤根武人と計り、士分ではなかった奇兵隊隊士たちの、士分格の申請を行う。
 かれらの出会いが歴史に何をもたらしたのか、それを知るものは時の彼方にある――


† † † † †


……他生(or多少)の縁(笑)。
京都時代の話です。元治元年アタマあたり。ラストだけ、カッコつけてみた(苦笑)。


相変わらず、京ことばは適当で。私のわかるのは福井弁+大坂弁(うろ覚え)なので、そこの間くらいのカンジでいってます。違ったらすんません。
多分ホントは、鬼の多摩なまりもいい加減(現住所は多摩東部ですが……)なのですが、まァ、そこはそれ、今ちゃんとしたの喋ってるひといないと思うしねー(←オイ)。
つぅか、長州なまりがわかりません……変換サイトみつけたけど、これ、鬼と長州藩士(国許居続け)では、話が通じなかったんじゃあ……桂さんは江戸にいたから、江戸言葉にあわせてなまりをたわめられたと思うけどさァ。
私、博多弁は家族にそっち出身のがいるのでわかるのですが、下関以東は全然わかりません。岡山は、知人がいるので訊けるんだけどなァ……
こういうのって難しいよなァ……どどどどうしよう。わかってる方いらしたら、笑ってないで教えてくださいよぅ……?


でもって、(多分大方の予想どおり)高杉登場〜。
いやぁ、最近銀/魂の高土にはまってまして(ヘタレ高杉限定)+阿呆なBLもどきのネタ(国/会/議/員モノ、“平成維新を山口から”/爆)探しに、高杉の本を買っているのですが。
高杉晋作』(中公新書)と『高杉晋作奇兵隊』(岩波新書)の略年表見てたら気づいたことがあるので、それをネタにしようかなァと。もちろん捏造。
ところで、桂さんの本(中公新書)が見つかりません。つーか、桂さん人気ないの? 普通の本も全然ないよね……高杉も、龍馬や新撰組に較べると少ない……むぅん。
そう云えば、高杉の誕生日(新暦でですが)に、奴と桂さんの本を探しに、神保町&早稲田に行ったら、どっちもない代わりに『新選組資料集 コンパクト版』をGet致しました(¥2,000-)。こないだの夏祭り一日目後の神保町では、勝さん(江藤淳の)と先生(レスター手稿展の図録)をGetした――のに。高杉はともかく(見ないでもないからな)、私、桂さんに嫌われてる?
つーか、やっぱあまぞんなのかなァ……くぅッ(悔)。


でもって。
まァ、これはアレだ、このころ京都に潜伏中の高杉が、藩命と偽って長州屋敷(今のニ/ュー/オー/タ/ニのあたり)で飲んだくれてたって話から思いついたんですが。例の晦庵河道屋(今回の蕎麦屋も、そこのイメージで)の近くですね。
……鍋喰いに行きたくなりましたわ。
あ、そうそう、例の『艶女』は、この話のちょっとあと(二月中旬〜三月中旬? 本によって違う……)です。つーかオイ、この間、総司は何回高杉と会ってるんだよ……


高杉と鬼の差異を、一言で云っちゃうと、高杉は天下国家を、鬼は基本的人権を、の違いだと思うんだけどね。これはもう、どっちが偉いという問題ではないんだと思うんだけど。目の向く方向が、上か下かと云うか。でも、どっちも大事なんだよね。ただ、上ばっかりだと、今の厚/生/労/働/省とかみたいになっちゃうんだと思う――社会的弱者のことも考えろよ、って云う。
しかしまァ、鬼のスタンスって、理解してくれるひとは少なかったろうなァとは思います。だって、末期とは云え、封建社会の真ん中で“基本的人権”だぜ?
そう云う意味では、やっぱり鬼が傾倒するのが勝さんだってのは、必然のような気がするんだけども。勝さんって、あんまり身分のどうのって云わない人だからなァ。女郎屋の女将が“ともだち”だしね(笑)。


あ、そうそう、高橋ツトムの『士道』の9、10巻だけ買いました。高杉と鬼の出てる巻(笑)。
鬼は何か似てると思う――総司は似てない。高杉は、誰だコレ! うはは、何か別人ですね!
とりあえず、前半はどっかで立ち読みしよう。つーか、新撰組関連の漫画、そろそろ取捨選択しないとね……黒鉄さんのと菅野さんのは、もちろんkeep組で〜。
あ、『戦国BA/SA/RA/2』のコミックス(電撃〜)の伊達の殿が、ひっじょーに鬼に似てて笑えました。アレだ、慶次はやや総司、幸村は(原田+平ちゃん)÷2ってカンジで。小十郎は源さん。当然です。


この項、終了。やっと……
次は、お待たせ、鬼の北海行でございます。

めぐり逢いて 24

 箱館を出ても、横濱は中々遠かった。
 四月十五日に出航ののち、船はまず、青森に到着した。
 このアルビオン号と云う船は、そもそも薩長軍に雇われて、箱館に駐留する外国人を安全な場所に移送するのが目的だったのだが、もちろん査察が入らないわけではなく、鉄之助は、青森に入港してしばらくは、小さな船室の片隅に潜んでいることを余儀なくされた。あの、松木と云う通詞がそうしろと云ったので。
「――もういいぞ。難儀だったな」
 そう云われて、その隠し部屋のような場所から出されたのは、もう青森を後にしようかと云う夜のことだった。
「……この先も、ずっとこんなことが続くのですか」
 さすがに身体の軋むのをおぼえ、鉄之助が問うと、
「そうだ。連中は、密航者がいるのではないかと、神経を尖らせている。この先も、寄航するごとに、このような査察が入ることになるだろう」
「そうまでしてなお、何故、俺を横濱まで……?」
 その疑問に、松木は複雑な表情で微笑んできた。
「さて……何故だろうな。確かに、土方先生からは、君を送り届けるために礼金を戴きはしたが――」
 だが、それにしても、さしたる額であろうはずはない。このような査察を幾度も切り抜け、鉄之助を庇い続ける、その労力に見合うはずなどない。
「強いて云うのならば、そうだな、私も土方先生に絆された、と云うのだろうな。――あの方は、人の心を掴むことに長けておられる。私のようなものでも、例外ではなかったと云うことだ」
 そう云って、松木は、鉄之助の目をじっと見据えてきた。
「――だから君は、土方先生の命を果たさねばならないよ。私や、君をここに送り出すために動いていた、様々な人たちの気持ちに応えるためにもな」
「――……」
 その言葉は、まだ箱館への帰還を諦めていない、鉄之助に対する釘刺しでもあっただろう。
 それがわかっていたから、鉄之助は肯首も否定もできず、ただ沈黙するしかなかった。
 副長の心はわかっている。その心を汲んで動いた、松木や安富などの人々の心も――皆、鉄之助を生かそうとして、こんなにも手を尽くしてくれたのだとは。
 だが、鉄之助の心は、とうの昔に決まっていたのだ。あの人の隣りで、あの人のために果てる、今生こそ、この人生こそはそう生きるのだと、ずっと誓ってきたのだ――それなのに。
 ――必ず、箱館へ帰る。
 松木には悪いが、それでも、その望みを諦めることはできなかった。
 もう二度と、後悔したくはないのだ。かれは、既に一度誤った。ふたたびの過ちは犯したくない。過去の罪過を知ればこそ、なおさらに。
 今生でも、ひとつの分岐は過ぎてしまった。それを取り返すことは、最早適わない。そうであれば、せめてあの人のために死ぬ。それだけが、鉄之助に残された最後の機会であるのだから。
 そんな思いを胸に、鉄之助は好機を窺っていた。
 船は、青森を出て後、補給も含めて各港に停泊したが、鉄之助の望みは、遂に叶うことはなかった。松木が船員たちに云い含めていたらしく、脱走を試みるたびに、捕まって船に引き戻されたからだ。
 アルビオン号は、薩長軍の査察なども手伝って、日程を大幅にずれ込んで、那珂湊の港に停泊した。五月も半ば近くなってのことだった。
 その停泊中の船内で。
 鉄之助は、己の望みがもはや決して叶わぬことを知らされる。
 副長が箱館市中で戦死したと云うのだ。弁天台場に孤立した新撰組を助けようとしての、進軍の最中だったと云う。
 去る五月十一日のことだった。


 知らせを持ってきたのは、やはり松木だった。
「――市村君」
 強ばった顔でやってきた松木は、鉄之助の肩をぐっと掴んだ。
「落ち着いて聞いてくれ――いいね?」
 そう云った松木の方こそが、落ち着けと云ってやりたいほどに、狼狽もあらわな顔をしていた。
 小首をかしげる鉄之助に、かれは云った――
「――土方先生が亡くなられた……つい先日――十一日のことだそうだ……箱館市中で戦闘中に、流れ弾に当たって……」
 嘘だ、と遠くで呟きがこぼれた。
 それが自分の声だと云うことに、鉄之助は暫く思い至りもしなかった。
「……嘘、でしょう――副長が、そんな……亡くなるだなんて……」
 ――知らせのないうちは……
 耳朶に甦る、副長の言葉。
 よもや、その言葉の本当の重みを、いまこの時に思い知らされることになろうとは――
 ――何故、何ゆえ、副長のお傍に戻れなかった。
 自分の生命は、ただ副長のためにあるはずだった。その生命を守り、その楯となって散る、そのためだけに、ここまで生命長らえてきた、そのはずだったのに。
 この遠い那珂湊の船上で、このような凶報を聞く、そんなことのために、これまで傍近くに在ったわけではないと云うのに。
「残念ながら……本当のことだ」
 松木は、そう云って鉄之助の肩を抱いた。父か、兄のような仕種だった。
五稜郭も、ほどなく陥落したそうだ――榎本総裁以下、箱館政府幹部は皆、官軍によって下獄されたとか……」
 ――新撰組は……
 滂沱の涙を流しながら、鉄之助は茫然と呟いた。
 新撰組は、一体どうなったのだろう。島田、相馬、安富や大野、弁天台場にいたはずの隊士たちは。
 その問いかけに、松木はただ首を振っただけだった。
「わからない――だが、いずれにせよ、極刑は免れまい。土佐藩が、坂本・中岡殺害の下手人として、新撰組を執拗に狙っていると聞いているからな。土方先生亡き今、次の隊長が誰に決まるかはわからないが……その人物は、大層なものを背負い込むことになるのだろうな」
 大層なもの――それは、その人物の死と、新撰組の解体ということなのか。
 それでは、新撰組もまた滅するのか――副長の死とともに。
「――市村君……」
 松木の声に、顔を上げる。
 見上げたかれのまなざしは、沈鬱な中にもつよいものを秘めて鉄之助を見据えていた。
「わかっているはずだ。こうなった以上、君はもはや、決して箱館には帰れない。――土方先生の遺志を、きっと果たさねばならない、そうだろう」
「……はい――はい……」
 そうだ、五稜郭が陥落した以上、いま副長のこころを郷里へ伝えうるのは、自分しかいない。自分が往かねば、副長のこころを正しく伝えうるものはいなくなってしまうのだ。
 ――副長……
 鉄之助は目を伏せて、暫、流れ落ちるままに涙にくれた。


† † † † †


鉄ちゃんの話の続き。そろそろ横濱〜日野くらい?


度々何ですが、ホント松木さん、よく鉄ちゃんを庇ってくれたよね。いくらか謝礼はしてたと思うんですが、やったことって、それに見合わないくらい大変なことだったと思うんですけども。
その辺、商人じゃない+やっぱ現代人とは違うよ、なのかなァ。今だったら、まず間違いなく引き受ける人いないよね。面倒なだけだもんなァ。
つーか、鬼のことを褒めさせるのは、中々恥しいものが……鉄ちゃんの目で見て、崇拝してるってのはOKですが、松木さんだと……どうも、小細工してる感が拭えないわ。どうしてでしょう……


あ、そうそう、某板で有名になったと云う、『御先祖様の戊辰戦記』と云うブログを見つけました――つぅか、よく行くサイト様で話題になってたので。
全部はまだ読んでないのですが、「あァ、流石にもとから直参の方は違うなァ(苦笑)」と云う感想がこぼれますね(笑)。うるせェな、どうせ直参になって日が浅かったよ、とか(笑)。
鬼がらみの記述もちまちまあるので(今は春日さんと野村絡みのネタが進行中――つーか何コレ、あんまり春日さん寄り過ぎじゃね? 確かに野村は馬/鹿だけどさァ!)、それに関してはこちらなりの視点で書いていきたいと思います――こちらなりのネタもありますのでね。
とりあえず、譜代の直参嫌ーい、とやっぱり思ってしまいます。望月さんといい、この“ご先祖様”と云い、さァ! 直参がそんなに偉いのかっつーの! 僻み? うん、僻みだよ、悪いね!


あと、気がついたら出てた別宝の「幕末藩主の通信簿」みたいなヤツ。
ちょ、何コレ、何で鬼が50点、つーか、何で勝さんより高杉のが点がいいの……! (勝<桂<高杉<大久保<龍馬<どどん)
つーかフツーどどん96点なら、勝さんせめて94点くらいじゃね? つーか、何で桂さんより高杉が上、つーか大久保そんな良かねぇだろォォォォォ!
鬼よりかっちゃんの方が点がいい(かっちゃん55点)のもムカつきましたが、勝さん桂さんの件は容認できねェ!
つーか、どこからライター引っ張ってきてるんだ宝島、とか、真剣に阿呆らしくなりましたぜ。これで伊藤博文の点数が高かったら、馬鹿野郎と叫んで本叩きつけるかも――つーか、そう、釜さんそんな点数にしやがるんだ……それこそ50点でいいのにな! けッ!


あ? 喧嘩売ってますかね? しかし、私、基本“喧嘩上等!”なので。


この項、終了(切れ切れ更新すみません/汗)。
次は――鬼の北海行、ではなくて、京都時代の変な話〜。

小噺・安眠妨害

「うおぉ、寒ィ寒ィ! おい総司、ちっと詰めやがれ(布団を持ち上げ、滑りこむ)」
「うおわ!? 冷てェ、冷てェですよ足ィ!」
「俺だって冷てェんだ、我慢しろ(もそもそ)」
「あんたが入ってこなきゃあ、俺ァ冷たくならなかったんですがね?」
「おめェだって、昔よく俺の寝床に入ってきやがったじゃねェかよ」
「あァ、京の冬ァ寒ィですからねェ。いっつもは一ちゃんとこに行ってたんですけど、夜番でいない時にァ、仕方ねェですからねェ」
「……いっつもァ、斉藤が餌食かよ……」
「だって、部屋が隣りでしたからねェ。それに、むこうだって、帰ってきて、冷たい足で俺の布団ん中もぐってきやがりますし」
「じゃあ、俺が入ったって構わねェだろ」
「でもあんた、寝てる間に、こう、片足のっけてきやがるじゃあねェですかい。重いんですよ、あれァ!」
「……そうだっけか」
「そうですよ! あと、頭ァ締め上げてきたりとか――それでよく、女郎屋で、女に袖にされませんでしたねェ」
「……特に何も云われなかったがなァ」
「絶対、後で何か思われてると思いますけどねェ」
「……(気ィつけよう)それァともかく、斉藤と一緒に寝てたってェ、よくあれやこれやの噂んならなかったな?」
「あ? 何がですよ?」
「いや、だから衆道が流行ってたろう、あん時ァ。それでよく、おめェらの“仲”が噂んならなかったもんだなァと」
「……土方さん」
「あ?」
「俺と一ちゃんの間に、何かありそうに見えますかい?」
「いや、全然」
「でしょう? そりゃあもう、火を見るよりも明らかに何もねェってわかりますからね、噂の立ちようもありませんや」
「(その言葉ァおかしかねェか)……そうか」
「起こしに来た隊士も、何も云わずに布団はぐりますからねェ。――でも、あんたが俺の布団に入ってた時ァ、そう云やァ何か固まってやがったなァ」
「“鬼の副長”が、おめェと同衾してたからじゃねぇのか」
「そうかも知れませんねェ。あと、あんたに布団取られて、仕方なくあんたの部屋で寝た時も、やっぱり固まられましたねェ」
「そう云やァ、俺も起こされなくて、すこし寝坊したなァ。その割にゃあ、噂も何も立たなかったがなァ」
「まァ、あんたと俺の間にも、何もありそうにねェですからねェ」
「むしろ、おめェが何もなさそうなんだろ」
「おや、酷ェことを。――しかし、箱館じゃあ、みんな男同士で同衾してたって聞きましたが……あれァ本当のことなんで?」
「仕方ねぇだろ、蝦夷地の寒さってのァ、京とは較べものにならねェほどだからな」
「野村さんなんか、“可愛い小姓持てるんなら、何だって売ってやるって思った”とか云ってましたしね。“榎本さんは、可愛い湯たんぽが欲しくって、銀を連れてったに違いない”とか、真剣に話してましたし」
「あァ、確かに、ちっと可愛い見目の奴ァ、夜はひっぱりだこだったなァ。あれだ、朝目が醒めたときに、いかつい顔じゃあげんなりするんだとさ」
「そんなに寒かったんですかい、蝦夷地ってのァ」
「あァ、ひとり寝じゃあ、朝にァ凍え死ぬかと思うくらいだ。火を焚き続けられりゃあよかったんだが、生憎、金も薪もねェときてやがる。仕方ねェから、男同士でも同衾せざるを得ねェのさ。俺も、寒くてよく寝られねェことがあったしなァ、そりゃあ、誰かと一緒に寝たくもなるさ」
「島田さんは不人気だったって聞きましたけど?」
「奴ァガタイがでけェからなァ。俺も、箱館では一緒に寝たこたァねェなァ。寝台が小さいんで、あいつがくると俺の場所がなくなっちまうんだよ」
「じゃあ、あんたはもっぱら市村君で?」
「うん、あんまり俺とばっかじゃあいけねェかと思って、相馬や野村と寝たこともあるんだが――野村は寝ぼけて俺のことはたきやがったし、相馬は俺の隣りじゃ寝辛そうだったしで、結局はなァ。それに、俺のところから出しても、向こうは向こうで市村の取り合いになってるだけのようだったし、それなら同じかと思ってな」
「そういう熾烈な争いがあったとァ知りませんでしたぜ」
「まァ、誰でも、寝てるうちに凍死したくァねェもんなァ」
「まったくですぜ。そう云やァ、あんたと市村君と島田さんで、川の字んなって寝たことがあるってェ、島田さんが云ってましたけど」
「あァ……そんなこともあったなァ」
「で、あんたと島田さんが同時に寝返りうったんで、市村君が潰されて、可哀想なことんなったってェ……」
「……まァ、よくある事故だァな」
「……市村君も気の毒に……普段もきっと、あんたに足のっけられるわ、頭ァ締め上げられるわで、寝苦しい日々を過ごしてたんでしょうねェ」
「やかましいわ! 凍死するよりァ、なんぼかマシだろうが!」
「……ところであんた、そろそろ足もあったまったでしょう。自分の布団に戻りなせェよ」
「……折角あったまったんだ、冷てェ廊下と冷えきった布団でぶるぶるすんのァ御免だな」
「それァ、このままここで寝るってェことなんで?」
「それ以外の何に聞こえるってェんだ?」
「……とりあえず、足のっけたりとか、頭締め上げるのァ勘弁して下せェよ……」
「あァ、まァ気ィつけるさ(布団をばふり)」
「……本当に気をつけてくれるんですかねェ……(溜息)」


† † † † †


阿呆話at地獄の五丁目。
夏の盛りに“寒い”話とは、1:鬼と総司のいるのは酷寒地獄、2:実は地獄には季節がない、3:実は日本じゃなくて南極圏、さてどれ?


とりあえず、色気も何もない、男同士の同衾の話。皆必死。
まァ、この時代、電気毛布とかエアコンとかないし、アルミサッシもないから箱館なんか檄寒だったろうしねー。温暖化しつつある今の函館の2月の平均気温は−2.9℃だそうですが、当時はもっと寒かったはずだし、夜なんかもっと冷えこむしねー。
とりあえず、箱館での鬼が不眠症だったってェのは、多分寒さのあまりよく眠れなかっただけ(だって、今の東京の冬だって、足が冷えきってるとよく眠れないですよ?)だと思うんですが。つーか、その話(=不眠症)の出元どこよ?
ちなみに、同衾と云っても、背中合わせに寝てたようですが。鉄ちゃんとか銀ちゃんとかだと、きっと(まだ小柄だから)抱えこむようにされてたんだろうなァ。……あったかそう。


ちなみに設問の正解は、4:今書かないと私が忘れそう、でした。聞いた時期が悪かったなァ。真夏だなんてさ……
あ、銀/魂19巻で鴨ちゃん出ましたが、銀/魂語りは10月に持ち越させて戴きたいと思います(10月にならないと、けりがつかないみたいなので――ひとつき遅れだったんだから、連続刊行にしてくれりゃあ良かったのに……)。


さてさて、次は鉄ちゃんの話の続きか……

試衛館と云う“家”。

うーんと、最近になって気がついたんですけども――
もしかして、かっちゃんは、幕臣になろうが何だろうが、“新撰組”≒“試衛館”とか思ってたのか?
だから、結構やりたい放題(隊の金で女囲ったりとか、あんな時分にかっしー引き入れたりとか)できたんだろうか。
そうなの?


だって、ねェ、云いたかァねェんですけども、普通はさ、200人からの大所帯になって、そのトップに立つって云ったら――目線とか気構えとか、変わらないか?
それが、かっちゃんって、結局最期の最期まで、“試衛館の近藤勇”――芋道場の主、武士に憧れる農民の子倅、のまんまだったのかも知れない。
だから、殿内さんや芹鴨斬って、自分がただひとりの局長になった時なんかに天狗になっちゃったんだろうし、ぱっつぁんとかが反抗したときに、迂闊に「家来になるなら……」とか云っちゃえたんだろうなァ、それって、やっぱコンプレックスだったのかなァ。ぱっつぁんとか原田とかって、何だかんだ云っても武家の出だもんなァ。


沖田番に云わせると、鬼が早々に“組織の管理者”に移行できたってのは、実は鬼が、試衛館を“家”と認識していなかったから、だと云うんですけども――うん、否定はできない。鬼にとっては、試衛館は“家”じゃないもん。どっちかって云うと“ともだちの家”であって、決して自分の家じゃない。食客まがいだったって、薬売りの行商とかしてたわけだし、“帰る”と云えば、やっぱり日野の家か、彦五郎さんの家ってことになるもんね。
つーか厳密に云うなら、鬼の“家”って、実は存在しなかったのかも知れない。実家は兄貴のものだったし、彦五郎さんとこだって“自分の家”じゃない。
鬼にとっての“家族”ってのは、多分、京に上ってからは源さん(=父親とか、兄貴とか)や総司(=弟)みたいな感じだった(かっちゃんは違う――あくまでもともだち)んだと思うんですが、“試衛館”は、そこに“家族”的要素を含んでいながら、鬼にとっては遂に“家”たり得なかったんじゃないかと思います。まァ、そう云いつつも、鬼も結局は甘ったれなんだけどさ!
ともあれ、鬼の居心地のいいのは、“家族”じゃなくて“組織”だったって云う、この段階で、後々の分裂の芽なんかとっくに生えてますよね!


対するかっちゃんは、これはもう、“新撰組≒試衛館=自分の家”、しかも自分が家長、だったんだろうなァ。
家族の中では、多少の甘えが赦されるように、かっちゃんも、自分はその“家”の中ではいろいろなものが赦されて当然、と思ってたんじゃないのかな――かっしーなんか引き入れたのも、昔みんなを食わせてやってたのと同じ感覚でしかなかったんじゃないんだろうか。単なる食客を拾った、みたいな感じだったのかも。佐幕とか倒幕とか、ちっとも考えてなくて(だって、家族なら、意見が違ってても一緒にやってくからね)、山南さんの件だって、かっちゃんの意見に正面切って反対されるまでは、一緒にやってくつもりだったんだと思う――反対されて、息子に反抗されたお父さんみたいになっちゃった(山南さんの方が年上なはずですが)んだろうなァと。
新撰組は家族じゃなく、かっちゃんもただの道場主ではなくなってたのに、それには遂に気づかなかったのかもね。
で、それが結局、甲陽鎮撫隊の後、流山で、みんなと袂を分かつ原因になったんじゃないのかな。推測ですけれども。


新撰組”ってのは、沖田番に云わせると、かっちゃんと鬼、どちらが欠けても成り立たないんで、だから流山以降の新撰組は“新撰組”じゃないんだそうですが、うん、そうかも知れない。
新撰組――あの集団にみんなが惹きつけられるのは、旧い“家”と近代的“組織”との混交、有機と無機の複合体、であるからこそのアンバランスさ、それ故だったのかも。
だから、京都時代の“新撰組”に惹かれる人が多いんだろうな――“組織”でありながら、どこか男子校の寮生活の延長のような、混沌とした、曖昧な論理で動いているように見える集団だからこそ。
でもって、だからこそ“箱館新撰組”ってのは、あんまり人気が無いんだろう、あれは“近代的組織=軍隊”だもんな。鬼と云う将を戴く、まったく家族的でない集団だから。


† † † † †


……という、散漫なことを考えてたんですよねェ。
考えて、何となくかっちゃんの気持ちはわかった(あくまでも何となくね!)のですが、うん、それでかっちゃんのことを好きになったりはしないんだ――薄情だもん。
でもまァ、これで例の『闇/の/検/証』とやらの、かっちゃんの「何でこんなことになっちゃったんだろう……」ってのは腑に落ちました。
つーか、切り換えろやアタマ! と云う気分になったのは事実ですが(←沖田番がヤな顔しそう……奴、かっちゃん大好きだもんなァ)。
まァ、鬼が薄情なだけと云われればそれまでなんですが。ええ。


まァいいや、益体も無いこと考えるよりも、話の続きだ。
……次は、阿呆話(時期外れ)ですよ〜。

北辺の星辰 16

 母成峠からの敗走は散々だった。
 整然と速やかに、などは、望むべくもなかった。三々五々、取るものもとりあえず逃げ出すのがやっとのことで、砲弾を避けながらの敗走に、山中を彷徨うものも多かったと云う話を、後になって聞いた。
 歳三は、何とか本道を見つけることができ、夜には猪苗代に落ち延びることができていた。
 猪苗代で、敗走してくる会津のものたちに、大鳥や新撰組の状況を訊ねるが、誰も知らぬと云う。敗走の最中で討たれたか、あるいはまだ逃げ延びる途中であるものか――いずれにせよ、猪苗代までは来てはいないと云うことのようだ。
 大鳥が落ち延びていないのならば、仕方あるまい――次善の策は、歳三が練らねばならぬ。
 歳三は思案して、中地口の会津藩家老・内藤介右衛門、及び御霊櫃峠の会津砲兵隊長・小原字右衛門に、援軍を求める手紙を書いた。
「弥以御大切と相成候。明朝迄ニハ必猪苗代江押来り可申候間、諸口兵隊不残御廻し相成り候様致度候。左も無御座候は明日中ニ若松迄も押来り可申候間、此段奉申上候。 土方歳三
 すなわち、薩長軍が、明朝までに必ず猪苗代へ押し寄せてくるので、各所の兵をすべてこちらへ回し、その守備に当たらせるようにと――さもなくば、明日中にも敵は会津若松まで進軍するだろうと、そのような警告の手紙を出したのだ。
 手紙を認め、早馬を立てて、書状を託す。この手紙が、会津を救う何がしかの助けになればと、祈るように思いながら。
 夜半、斉藤一が猪苗代へ現れた。
新撰組本隊とはぐれて、山中で迷っていた」
 と、斉藤は、昔のようなぶっきらぼうな口調で云った。そう、かれらがかつて試衛館の食客であったころのように。
「二本松の黒田と云う御仁と出会って、ともに窮地を脱した――もっとも、その後で、またはぐれてしまったが。あんたは、どうしてたんだ、土方さん」
「俺は、本陣で戦況を見ているだけだった」
 歳三は、かるく肩をすくめてやった。
「大鳥さんも、俺を出してはくれなかったんでな。――先刻、御家老に援軍を求める書状を送ったが……薩長の輩が来るまでに、果たして援軍が間に合うかどうか」
 新撰組本隊はどうしているのだろう。島田や安富、京から、江戸からやってきた隊士たちは。
 かれらを、薩長の手から守り、無事に“新撰組”を終わらせるためにここまできたと云うのに――このまま、敗れ去っていくことしかできないのか。
 ――そんなことが許せるか。
 だが、ここでただ会津の云うなりに動くだけでは、とても勝利は望めなかった。
 だから。
「――斉藤……俺ァ、庄内へ行こうと思う」
 勝利へのみちを探るために。
 歳三の言葉を聞いた斉藤の目が、剣呑に輝いた。
「……どういうことだ」
「言葉のとおりさ」
 歳三は云って、またかるく肩をすくめた。
会津は、あてにならねェよ。会津、二本松だけでは、薩長にやられるがおちさ。そうなる前に、庄内へ行って、この奥州の佐幕派の藩国の取りまとめをはかる」
 そもそも、それこそが勝から託された、歳三の本当の使命であったのだ。
 幕軍は、会津に深入りしすぎたのだ。はじめから、ここで留まることなく、仙台や福島などと共闘体制をとっていれば、会津もここまで総崩れになることはなかったのではないか。
 否、会津の首脳陣の動きの鈍さを考えると、たとえ奥州佐幕同盟がうまく機能したとしても、この戦いには敗れていたのかも知れないが。
「……会津を、捨てるのか」
 軋る声で、斉藤が云った。その双眸は、歳三を射殺さんばかりに輝いている。
「人聞きの悪いこと云うねィ。援軍要請ってェやつさ」
「だが、会津は今、あんたの力が必要なんだぞ。庄内になぞ、他の誰が行こうが同じだろう。だが、指揮を執るのは、そうはいかない。それを、あんたは……会津候の御恩も忘れて、ここを捨てていこうってのか」
「――斉藤」
 遂に、歳三は声を低くした。京時代、よく誰かを威嚇するのに使った、低く這うような声――そして、眇めたまなざしで、斉藤を見つめ返す。
「俺ァな、これでも幕臣の端くれなんだぜ?」
「……俺もそうだ」
「違うな。おめェは、もう会津の人間になってやがる」
 その言葉に、斉藤がびくりとするのがわかった。歳三の言葉を否定しようとして、否定しきれずに口ごもっているかのような、複雑な表情がその顔をよぎってゆく。その口は、幾度か開きかけ、結局は何の言葉もこぼしはしなかった。
 だから、歳三は、そのまま言葉を続けた。
「知ってるんだよ、俺ァ……おめェが、本当は誰に仕えたいと思っていたのかを――胸のうちで、誰を主と仰いでいたのかを」
 そうとも、歳三は知っていた。斉藤が、本当は幕臣になどなりたくなかったことを――できるなら、会津候の下で働き続けたいと、そう思っていたことを。
「土方さん……」
「俺ァ、おめェが誰に仕えようが構わねェよ。まァ確かに、豚一公よりァ、会津候の下の方が、働き甲斐はありそうだとァ思うしな」
 己の身可愛さに、戦場の兵たちを欺いて、江戸へ逃げ帰る将軍と、かねてより新撰組に目をかけてくれた会津公と。人として、どちらに仕えたいかと訊かれれば、もちろん後者だと、歳三とても答えるだろう。それは当然の感情だ。そうとも、それはよくわかっている。
 だが。
「――だがなァ、俺にも、譲れねェもんはあるんだぜ、斉藤」
 歳三は、出会ってしまった。会津公よりも生命を捧げられる相手に。
 勝のために、今の自分は動いているのだ。それは、あの時かわした、沖田の身を安堵すると云う約定のためでもあったが――しかしそれ以上に、歳三の心が勝に傾いたが故であったのだ。
 幕軍を保持し、奥州の佐幕の列藩を取りまとめ、徳川幕府、あるいは徳川家の存続のために動く、それは、歳三が幕臣であるが故と云うよりも、むしろはっきり勝のためだった。勝が、徳川の存続を望むが故の。
「俺ァ、幕臣としてここまできてるんだ、会津の人間としてじゃあねェ。会津に巻きこまれて、幕軍がここで潰されるようなことァ、許されちゃあならねェんだよ」
 何とかすくない損失で会津戦を切り抜け、奥州をまとめ上げて、薩長に対抗し得る同盟を築かねばならぬ。勝より託された命を、みごと成し遂げてみせなくては。
「……俺は納得できん」
 斉藤が、むくれた子供のような顔で、云う。
 歳三は、思わず笑いをこぼした。
「おめェが納得する必要なんざねェよ」
「ある」
「ねェさ。おめェは、俺がどうあろうと、会津に肩入れするつもりなんだろう?」
 歳三が、どうあっても勝の命に従おうとするように。
 斉藤は答えない。だが、その沈黙こそが、何よりも雄弁に、かれの胸中を物語っていた。
 そら見ろ、と、歳三は笑ってやった。
「おめェは、俺と行動をともにする気なんぞねェのさ。――だがまァ、それはそれで構わねェんだ」
 斉藤が行動をともにせぬ、と云うことは、“新撰組”の大きな部分が欠けて落ちることに他ならないのだから。それはすなわち、それだけ“新撰組”が解体に近づくということだ。
 “新撰組”が解体されれば、歳三はやっと、心置きなく生きることができる――心置きなく死ぬことも。
「何が構わないんだ」
 斉藤が、不審なまなざしを向けてくる。
 それに、歳三は無言で笑みを返した。
「……あんたは、おかしなひとだな」
 沈黙に耐えかねたように、斉藤が云った。呆れたような溜息がひとつ。そんな風なこの男を見るのは、とても珍しい。
「俺のどこがおかしいってェんだ」
「あんたは、何か……」
 云いながら、斉藤は首をひねっている。
「……うまく云えん――だが、あんたは、俺が離れていくのを喜んでいるようだ」
「……そんなこたァねェさ」
 そんなことはない。そんなことはないが――斉藤が離れていくことに、肩の荷がひとつ下りたような安堵を感じているのも、本当のことで。
「……ただ、おめェが譲れねェもんがあるように、俺にだってあるのさ、これだけは譲れねェってェ、大切なもんがな」
 勝より託された命を果たすことと、生きているうちに“新撰組”を解体すること。それを成し遂げるためには、この会津にただ留まっているわけにはゆかぬ。
「だから、俺は庄内へ行く。おめェは、おめェの譲れねェもんのために戦やァいい――永倉や原田だって別れていったんだ、おめェだけが新撰組に留まり続けなきゃあならねェってェ法はねェだろうさ」
「……俺には納得できん」
 斉藤は繰り返した。
「だから、できねェでも構わねェんだよ」
 歳三は云って、また笑いをこぼした。
「俺ァ行く。おめェは留まる。ただそれだけのことだ。――隊士連中も、おめェとともに会津に残りてェ奴ァ、残らせるがいいさ。但し、“新撰組”の名は、おめェらは名乗るなよ」
「何故」
 ――おめェまでが名乗ったんじゃあ、いつまで経っても“新撰組”がなくなりゃあしねェだろ。
 だが、その言葉を口に上せることなく、歳三は嫣然と笑んだ。
「――じゃあな、俺ァ行くぜ。滝沢本陣へ行って、庄内行きを認めてもらわなけりゃならねェ。もしも、おめェがまだ新撰組に留まるなら、隊のこたァ任せた。だが、そうでないなら……惑うこたァねェ、おめェの思うようにすりゃあいいさ」
 片手を上げて云う歳三に。
「……土方さん!」
 斉藤が、怒りとも嘆きともつかぬ叫びを上げた。
「俺は、あんたを一生赦さないぞ!」
「あァ、構わねェさ」
 歳三は云って、ひらひらと手を振った。
 赦されなくとも構わない。ともに歩まなくとも――むしろそれこそが、歳三のためだ、“新撰組”を終わらせるため。
「……土方ァッ!」
 斉藤の叫びを背で聞きながら。
 ――じゃあな。
 歳三は、わずかの寂寥とともに、古い友に別れを告げた。


† † † † †


鬼の北海行、続き。
いよいよ会津→仙台、かな?


の前に、一ちゃんと口論。
一ちゃんの談話として、鬼と会津を離れる云々で喧嘩した、というのがあるそうなので、まァこんなカンジかなーと思って書いてみました。鉄ちゃんの話で考えてたのとは、随分違っちゃったなァ……
でもって、ええ、相変わらず、うちの鬼は勝さん命! なんですよ、すみませんねェ……
世間的には“勝さんじゃなくてかっちゃん!”だと思うんですが、うちのはほら、かっちゃんとは喧嘩別れしてるから。この時点で、ホントにかっちゃん大嫌いだから。
つーか、あの、腐/女/子的アレで申し訳ないんですけども、こと勝さんに関しては、私、土勝推奨なんで! (や、別に何もなくて全然OKですが! 方向性として!) ……しかし、同志は極めて少なそうだなァ……(泣) いいじゃん、体格差的に正しいし、下克上ですぜ! 同志いませんか、同志!
それ以外は、ギリで沖土かな……(押し倒す鬼が想像できん) 他のCPはちょっとキビシイ、ビジュアルとか、いろいろねー。


あ、そうそう、『箱館戦争銘々伝』上下巻、発行されましたねー。
しかし、うきうきしながら人文書のコーナーに行ったら、在庫あったのは下巻のみ……「何か、事故ったらしくて、上巻が入荷してこなかったんですよ」とは、日本史担当らしきアソ男子の言。「今、N販に問い合わせてて返答待ちなんですけど……入ったら連絡しますか?」(←思いっきり面割れてますんで)「それじゃ、明日の掛本回収時までに入荷したら、一緒に箱に突っ込んどいてください」――と云っていたのですが、どうやらみつからなかったらしい。翌日見た処理済の本の中には、上巻はなかった……
翌日再チャレンジすると、「まだなんです〜。一階(=文学)に行ってたらしくって、売りち(売り場違いね)で回ってくると思うんですけど」と云う返答。そうか、じゃあもう任せたよ。と、タイトルと金額を書いた紙を押し付けてきちゃいました。
7月28日現在、上下巻とも手許にありますが、う〜ん、まァあってよし、なくてもよしと云うカンジ。とにかく、人選が微妙。何でタロさんがいないの、星さんも! 野村、安富は仕方ないとしてもさァ……まァ、柳川熊吉さんや田元研造さんとかは載ってるので、いいんですけども。
箱館戦争関係の細かい人間図が知りたい人向け、だけど、むしろそれの入口ってカンジかも。
ついでに買ったバベルプレスの『新撰組』は、アメリカ人の書いた本で、出だしが当時の世界情勢に対する大政奉還の影響について、から書かれているのが面白そうでした。¥1,400-とお安めですよー。


そう云えば、『銘々伝』見て思ったんですけども、どなたか、鳥さんあたりの下にいた“清水さん”(下の名前不明)と云う方ご存知ありませんかー。釜さんとか鳥さんとかのお使いをしてた(と云うとパシリっぽいな……)人らしいのですが。五稜郭陥落前に、さっさと官軍に投降したひとらしいです。……どんな人なんだ。


この項、終了。